前方、約二メートル先に標的を確認。標的はこちらには気付いていない模様。突撃準備、完了しました。これより戦闘体制に入ります。いざ参る!

「でぇーい!」
「ブッッ」
「標的、赤葦はあっけなく撃沈しました!やりました!我々の勝利です!」
「…何が標的ですか。何が我々の勝利ですか。いきなり後ろから手刀なんてあなたは何を考えてるんです?」
「何も考えてない」
「馬鹿ですか」
「雑魚の分際でこの私を馬鹿呼ばわりするんじゃねぇよ雑魚が!粋がってんじゃねぇよ雑魚が!」
「雑魚言い過ぎですし、そもそもあなた何なんですか」
「プロの狙撃手」
「手刀関係ありませんよね」

 赤葦は呆れたような目で私を見つめながらやれやれと肩を竦めた。未だに首筋を押さえているということは、さっきの手刀はなかなかのダメージだったと見える。私って実は護身術の才能あるのかもしれない。今度痴漢に出くわした時は手刀で懲らしめてやろう。

「…で、何か用ですか?なまえさん」
「何で?」
「何でって…まさか用もないのに引き止めたんですか?」
「だからさっき何も考えてないって言ったじゃん。赤葦、お前馬鹿か?」
「断言します。馬鹿はあなたです」
「んだとこのヤロ!」
「用もないのに引き止めないでくださいよ。これから職員室に行くんですから」
「へー何用で?」
「別になまえさんには関係のないことですよ」
「いーや関係あるね!バレー部のマネージャーとして部員の行動範囲は把握しておきたいからね。何かあった時では遅いんだよ?事件に巻き込まれるかもしれないのに」
「何ですか急に。刑事ごっこでもしてるんですか?」
「狙撃手だっつの」
「それはもう良いです。それに事件ならもうとっくに起きてますよ。なまえさんの頭が」
「どういう意味だ赤葦」
「もう取り返しのつかないところまで来てるみたいですけど」
「よし表出な。マジで頭ぶち抜く」

 私を馬鹿にしたこの態度は許せぬ。後輩の分際で生意気な。喧嘩腰で腕まくりをしてからグルグルと肩を回すと、赤葦はそんな私を一瞥してから背中を向けた。華麗にスルーされ、私はプチギレた。ブチギレではなくてプチギレだ。

「赤葦貴様ァアーッ!また手刀切ってやろうか!」
「結構です」
「オイ!ちょ待てよッ!」
「キムタクみたいに言わないでください」
「じゃあ私の話聞けよ!!」
「じゃあの意味がわかりません」
「だいたいねぇ、昼休みはなまえさんと過ごしたいって昨日ごねてたのは赤葦でしょお〜?」
「言ってません」
「チッ。あーもうわかったわかった。手刀は悪かったよ。用があるからこうして赤葦に会いに来たの。だから止まれっつの!」
「本当に用があるんですか?」
「ある。大事なお話です。耳の穴かっぽじってよく聞けよ小僧」
「後にしてくれませんか?」
「何でだよ!!何でそんなに素っ気ないんだよ!!手刀どんだけ引きずってんの!?ちゃんと謝ったじゃん!!」
「引きずってませんし、素っ気なくしてるつもりもありません。普通に急いでるんです」
「私より優先させないといけないことなのか!?」
「そうですね、今は」
「!?!?こ、こ、このヤロー!!赤葦なんてもう知らん!!勝手にしやがれ!!赤葦にしやがれ!!ふん!!」
「ちょっと、なまえさん」

 慌てて引き止めようとする赤葦の手を振り払って、私は廊下を猛ダッシュで走る。背中に感じる赤葦の視線なんて気にしている余裕は無い。私は深く傷付いた。赤葦に会おうと校内を探し回ってやっと見つけたというのに、あんな素っ気ない態度をとるなんて。ムカつく。赤葦のくせにムカつく。このまま全速力で走り続けて壁に衝突したら血でダイイングメッセージを書き残してやる。あかあしって。

「さすがにそれは無理なのであった」

 壁に衝突する手前で急ブレーキをかけて緩やかに角を曲がった私は、自販機で紙パックのジュースを購入してから体育館裏のベンチでぼんやりとしていた。体育館から掛け声やバスケットシューズの音が聞こえる。風が吹くと木々が静かに音を立てる。なんか、とても平和な昼休みだ。ストローを咥えて雲を眺めながら穏やかな空気に揺蕩い、さっきまで赤葦に向けていた怒りがどんどん薄れていくのを感じていた。赤葦は職員室に急ぎの用だって言ってたし、私のダル絡みに付き合ってる暇は本当に無かったのだろう。少し冷静になってみればすぐにわかることなのに、何であんなに我を忘れていたのか。赤葦のことになるとムキになりやすいのは私の悪い癖だ。後でちゃんと謝っておこう。ストローをはむはむ噛みながら私の真上を流れる雲を眺める。あの雲、赤葦みたい。

「なまえさん」
「と思ったらまさかの赤葦ご本人」
「何ですか」
「いや別に…」

 別に、うん。ちょっとびっくりした。そろりと赤葦から視線を逸らして空になった紙パックをベンチの上に置いた。それにしても、赤葦は私がここにいるとよくわかったな。というか、職員室に行くって言ってたのに用事済ますの早くない?色々疑問に思うことがあるけど、とりあえず私は最初に言わないといけないことがある。

「ごめん」
「すみませんでした」
「「え」」

 私が頭を下げるタイミングと赤葦が声を発するタイミングが全く同じで、私と赤葦は顔を見合わせてキョトンと目を丸くする。

「何で赤葦が謝んのさ」
「なまえさんこそ」
「だって私、すごいわがままだったじゃん。赤葦は急いでたのに」
「いいえ。俺の方こそ急いでたからと言って、先輩に失礼な態度をとってすみませんでした」
「真面目か」
「少なくともなまえさんよりは」
「オイ謝ってから三秒しか経って無いのに早速失礼な発言すんなよ。本当に反省してんのか?」
「してますよ。なまえさんに寂しい思いをさせるつもりはありませんでした」
「さ、寂しい!?寂しいだと!?自惚れんなバーカ!赤葦バーカ!」
「違うんですか?」
「いつ誰が寂しがったっての!?」
「なまえさん、さっき泣きそうな顔してましたから」
「し、してないしッ」
「泣かれたらどうしようかと思いました。女子生徒を泣かせたと教師陣に知られたら、内申に響きそうですし」
「やっぱお前の頭ぶち抜くわ」
「嘘ですよ。でも傷付いたのは事実でしょう?」

 寂しそうだっただの泣きそうだっただの、よくそんなことを平然と言えるな。確信したような口ぶりが憎たらしい。図星を突かれた私はそれでも本心を認めたくなくて歯を食いしばりながら呻くけど、ジッと見つめてくる赤葦の眼差しに抵抗する力を奪われて力なくコクリと頷いた。それに満足した様子の赤葦は「なまえさんのそういうところ好きですよ」と笑った。

「それで、俺に何の用だったんですか?」
「…………今日一緒に帰ろ」
「はい。もちろん」

2014 12/5
お誕生日おめでとう赤葦



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