お風呂上がりにソファでウトウトしていたら、大きな手が頭を撫でた。

「寝るならベッドで寝ろよ」
「う〜ん…動きたくない」
「何言ってんだ馬鹿」

 私の顔を覗き込むようにしゃがみ込んで呆れたようにため息を吐くと、飛雄は私の肩に腕を回してゆっくりと起き上がらせた。でも私は動こうとしない。上体を起こしてそのまま飛雄の胸に寄りかかった。うーん、ねむねむ。するりと首に腕を回して力を込める。

「飛雄、抱っこ」
「はあ?自分で歩け」
「やぁー」
「ったく…」

 ブツブツと文句を言いつつ、飛雄は膝裏に腕を回して私の体を持ち上げた。なんだかんだ言って飛雄は私に甘い。同棲するようになってからは、以前にも増して甘やかすようになった。ご飯作りや洗い物とかも分担で協力してくれるし、送り迎えも積極的に車を出してくれる。このままだと私は飛雄がいないと何も出来ないダメ人間になってしまう。というようなことをこの間飛雄に言ったら「お前は俺が養うから良いんだよそれで」と平然と言ってて普通にビビった。それはどうなんだ…と思いつつ、こうしてちゃっかり甘えている私は本当にどうしようもないダメ人間なのだろう。

「おい、着いたぞ」
「ありがと〜。飛雄も寝よーよ」
「まだアイロンかけが終わってねーから寝れねぇ」
「主婦かよ」
「主夫な」
「今日の晩御飯は飛雄が作ってくれたし、明日の朝早く起きて私がやっておくよ。だから飛雄も寝よー」
「ちゃんと起きれるか?」
「うむ」
「…じゃあ頼んだ」
「おーう、任せな」

 飛雄は本当に良く出来た子だ。高校時代は日向とか月島とか同年代の子達と対立することがしばしばあったけど、先輩達へは基本礼儀正しいし素直だし、普通にとても良い子だ。当時、バレー部のマネージャーを務めていた私はそんな飛雄のことがこっそりと気になっていて、そしてそれが恋だと気付いた時に飛雄から告白をされて交際することになったのだ。高校も無事卒業し、お互い別々の大学に通うことになっても別れることもなく、同棲を決意して現在に至る。ここに来るまでいろいろあったなぁ。飛雄も私も学生という身分で同棲することを決めた時、なかなか親が首を縦に振ってくれなくて説得するのに苦労した。飛雄が私の親に誠意を伝えてくれたから、最後は快くOKを貰えたのだ。あの時に感じた飛雄の本気がとても嬉しかった。飛雄が頑張ってくれたおかげで私は今とても幸せなのだ。だから、飛雄ばかりに頼っていては申し訳ないし、私も飛雄の役に立ちたいと思う。しかし、ほとんど何も出来ていないのが現実だ。本人がそれで良いと言うのだけど、そういうわけにもいかない。飛雄の為に日頃の感謝を込めて何かしてやれないだろうか。お気に入りの抱き枕を探しながら私は考える。が、ベッドのどこを探しても抱き枕が出てこない。

「飛雄ぉ〜、私の抱き枕知らない?」
「ああ、あのブタの。昼に洗って干しといたけど、まだ乾いてないぞ」
「ウサギだよ?マジか…無いのか…」
「何かまずかったのかよ」
「まずくないけど、あれに抱きついてると落ち着くの」
「代わりの抱き枕は?」
「あれしか実家から持ってきてない」
「一日ぐらい無くたって平気だろ」
「うん。飛雄に抱きついて寝るから大丈夫」
「何言ってんだ」

 飛雄は冗談と受け取ったのか、小さく鼻で笑って先にベッドに潜り込むと欠伸を噛み殺しながら手招きをした。「電気消すぞ」という飛雄の声にハッとして、私も慌てて布団に潜り込む。

「飛雄、飛雄」
「何だよ」
「腕枕して」
「?何で急に」
「その方が飛雄に抱きつきやすいから」
「…ほら」
「よっしゃ 」
「今日はよく甘えてくるな」
「うんっ。そういう気分」
「 ( 可愛い… ) 」

 飛雄の首元に擦り寄ってシャツを握ると、それに応えるように飛雄も私の腰に腕を回した。誰かに抱きつくのはやっぱり心地良い。心音を聞くと安心するのは、自分が母親の胎内にいた頃を思い出すからだと誰かが言っていた気がする。あれ、それは赤ちゃんの場合か?もーなんだっていいや。要は飛雄だから安心できるし、幸せなんだ。

「飛雄」
「ん…?」
「飛雄は私に何されたら喜ぶ?」
「はあ?何だそれ」
「真面目に聞いてんのー」
「…今日のお前、なんか変だぞ」
「変とは失礼な奴め。私だって飛雄にして貰ってばっかな人間ではないのです」
「俺もお前に何もしてねーよ」
「嘘つけ!十分してもらっとるわ!」
「そ、そうか…?」
「まさかの無自覚!?驚きだよ飛雄…君はどこまで出来る子なんだい?」
「俺はやりたいようにやってるだけだ。お前に無理はして欲しくない」
「無理じゃないしっ。私が何かしたいだけだしっ」
「わかったわかった朝までに考えとく。だから今日はもう寝ろ」
「いや寝ない!今日の私は一筋縄ではいかんぞ」
「…手強いな」
「さぁ!早く!答えなさい」
「…お前にして欲しいこと、」

 私の頭をぽん、ぽん、と規則的に撫でながら、飛雄はうーんと首を傾げる。子守歌のような心地よさを覚える飛雄の体温と心音にうっかり眠ってしまいそうだ。飛雄が真剣に考えているのに聞いた当人が寝るなんてあり得ない。うっかり瞼を下ろさないように、ほっぺをギュッと抓る。

「なまえ」
「うー、うー…!」
「何やってんだお前…」
「…ハッ!うっかり眠気覚ましに夢中になってた!」
「だから眠いなら寝ろよ」
「寝ないってばよ!!」
「何でそこまで粘るんだよ…何がお前をそうさせてるんだ」
「飛雄への愛だよ!!愛!!」
「は、はあ?」
「いつもいつも飛雄にお世話になってばっかだもん。私が何もしないから飛雄が全部やってくれてるじゃん。そんなんじゃ私、女として腐ってる」
「腐ってるわけねーだろボゲ」
「だって私このままじゃ飛雄の足を引っ張ってばっかだよ…」
「引っ張ってねーから心配すんな。お前は今のままで良いんだよ」
「飛雄の甘やかし星人!」
「変なあだ名付けんな」
「バカヤロー!これで私のこと捨てたらマジで許さん!実家に帰ってやるぅ!」
「落ち着けよなまえ」
「何だよー!私が飛雄にできることなんて何も無いっての!?私じゃ飛雄を幸せにできないの!?お前じゃ役不足だって言うのぉ!?」
「オイ枕叩くな。ホコリが立つだろ」
「ぶえっっくしょい!」
「だから言っただろボゲ」
「悔しいッ!悔しいよッ!飛雄のために何もしてやれない自分が不甲斐なくて嫌になる…!」
「大袈裟だな…」
「呆れてんなよ!こっちは真剣なの!死活問題なの!」
「あのな…お前何か勘違いしてんだろ」

 ギューッと飛雄にしがみつきながら泣きわめく私を飛雄は抱きしめた。そしてそのまま、飛雄は指先に力を込めてバレーボールを掴むように私の後頭部に爪を食い込ませた。ギリギリとした痛みに耐えきれず「ぬぅう…!」という苦しそうな呻き声が漏れる。

「俺はもう十分幸せなんだよ」
「え…?」
「お前がいつも隣にいることが俺にとっての幸せだ。お前以外何もいらないし、そのお前に特別何かして欲しいわけでもない。もしお前がどうしても何かしたいっていうなら、これからもずっと俺の側にいてくれ。それだけで良い。約束しろよ」

 肩を少し押されて体が離れる。促されるように見上げれば飛雄は真剣な表情で私を見つめながら、はにかんだように小さく笑った。

「…飛雄、それじゃあ私が得してるだけだよ」
「良いんだよそれで。俺とお前の幸せは同じってことだろ」
「…もー何だかなぁ」
「んだよ」
「何でもない。…ずっと飛雄の側にいる。ううん、いさせてください」

 口元が緩むのを感じながら、私の本心を証明するように再び彼の背中に腕を回した。それに満足したのか飛雄はさっきまで痛め付けていた私の頭を、今度は優しい手つきで撫でてくれる。その手の温かさに私は少し泣きそうになっていた。付き合うことになった時も同棲を決意した時も、そして今だってどんな時も飛雄は私に本気で応えてくれる。隣にいるのが当たり前な、どうしようもなく大切で愛おしい存在。私も飛雄にとってそんな掛け替えのない存在であり続けたいと心から思う。



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