宮城の冬は、とにかく寒い。雨が降った翌日の朝なんかはコンクリートの表面が凍りついて、ものすごく滑りやすくなっている。そして今朝の占いで最下位だった私はその被害を受けた。

「ドチクショー!!転んだー!!」

 朝練に向かう途中、鼻歌を歌いながらスキップをしていた私は凍りついたコンクリートの餌食になり、ツルーンと正面から転んだ。しかもそれが一回や二回どころではなく、今日だけで五回はやってる。さっきまで占いの結果を覆そうと鼻歌を歌って陽気に振舞っていたのだけど、こんなに膝が擦り傷だらけになるとテンションはだだ下がりで、もうそれどころじゃない。なんかもう、心も体もつらい。半泣きになりながらカバンからティッシュを取り出して傷口に当てた。うええ…血が止まんない。このまま朝練に間に合わずに私は出血死するのではないかと恐ろしい未来を想像してしまい、いよいよ涙で視界が滲んだ。誰か、助けて下さい。神に祈りながら項垂れていると、後ろから誰かが走り寄る足音が聞こえた。

「だ、大丈夫ですか!?盛大に転んでましたけど、って…なまえちゃん?」

 かみさまか。

「あざっ…あざびじぇんばぁああいッッ!!!うあぁあん!!!」

 旭先輩と目が合った瞬間、私の中でピンピンに張っていたストレスの糸がぷっつりと切れて、ブワッ涙が溢れた。私のガチ泣きに旭先輩はオロオロと慌てながらも、私を落ち着かせようとよしよしと背中を撫でてくれる。旭先輩の大きな手が心地よくて少しずつ嗚咽が小さくなっていった。なんて暖かい手なのだろう…この冷たいコンクリートとは大違いだ。心の傷が薄れても、足の傷までは癒てくれない。

「旭先輩…私もう今日で五回も転んで…本当にツイてなくて…もう泣きたくて…でも早く行かないと朝練に間に合わないし…大変だったんでふ…」
「うんうん、よく頑張ったな。痛いよね。傷、見せて」
「ん…」
「あー結構血が出てるな。とりあえず水で洗って、包帯を巻いておこう。学校に着いたらすぐに保健室に行こうね」
「はい…。ずびっ。ごめんなさい旭先輩…面倒なことに巻き込んで…しかも応急手当てまで…」
「良いって。それよりこんなになってもちゃんと朝練に出ようとするなまえちゃんは偉いよ」
「…ぅうおあああ〜〜っっ」
「な、泣かないで!!!」

 旭先輩の優しさがつらい。心に沁みる。安心しすぎて逆にまた泣きそうになった。

「立てる?」
「多分…あ、でも手貸してください…」
「足震えてるな…おぶろうか?」
「ええ!?それは良いです!」
「え!?な、何で?立てないだろ?」
「立てます立てます!ほら!」
「いや…そんな生まれたての子鹿のような震え方だと説得力に欠けるよ、なまえちゃん」
「ノープロブレム!さぁ、行きましょう!」
「いやいや!?やっぱりおぶるって!歩く度に痛いだろ、その傷は」
「私重いんですよ!絶対に嫌です!」
「重くないって!そんな細いのに何言ってんの…」
「いやいやいや旭先輩、私の体重をナメないで頂きたい」
「強情だなぁ…」
「本当に歩けますって!」
「なまえちゃん。ジャンケン」
「ポン」
「はい、なまえちゃんの負け。おぶるから乗って」
「そういうこと!?」
「そういうこと」

 まんまと旭先輩の策略に引っかかり、ジャンケンに負けた私は先輩におぶって貰うことになった。ああ…こんなことになるならダイエットしておけば良かった。旭先輩は優しいから絶対に人を傷付けるようなことは言わないけど、内心私のことをデブだと思ったに違いない。寒くなるにつれて私の脂肪は厚くなっていくのだ。コタツでお菓子食べて寝てるからなんだけど。

 それにしても、旭先輩の背中は広くて温かくて落ち着く。緊張するけど何故か落ち着く。旭先輩の髪が時々頬に当たってくすぐったくて身をよじると、先輩は落ちないようにしっかりと腕に力を入れて支えてくれた。こういう一つ一つの動作で、いかにこの人が優しい人なのかがよくわかる。こんなに優しいのに、見た目だけで怖がられてるのが不思議で仕方ない。そりゃあ、見た目はかなり大人びているけど。

「先輩、朝練間に合わなかったらごめんなさい」
「いいって、そんな気にしなくても。ちゃんと保健室まで送る…あ!」
「どうしたんですか?」
「いや…この時間じゃまだ保険医来てないかと思って…」
「ああっ!そうだ!どうしよう…」
「とりあえず部室に行って、清水に手当てしてもらおう」
「あ、いえ。大丈夫ですよ。学校に着いたら自分で部室に行って手当てします」
「え…でも…」
「大丈夫です!私もマネージャーなので手当てぐらい出来ますよ!旭先輩はどうぞ部活に行ってください!」
「…なまえちゃんは偉いね」
「偉いだなんてそんな…」
「偉いよ。いつもバレー部の為にありがとう」

 振り向いて、旭先輩は小さく笑った。旭先輩におぶられているから、必然的に私と旭先輩の顔は近くなる。私は今までにない近距離にびっくりして思わず仰け反った。その反動でバランスが崩れ、旭先輩も「ちょっ、暴れない!」と焦ったような声をあげた。心臓に悪いことをする旭先輩が悪い。

「なまえちゃん、軽いなぁ」
「え!そんなわけ!やめてくださいよもう!」
「本当だって」
「…旭先輩、それ、セクハラ」
「え!?!?ち、ちちちちちちがっ…!」
「あ、菅原先輩だ!菅原せんぱーい!!」

 前方に菅原先輩が見えたことでテンションが上がり、噛み噛みで何を言っているのかわからない旭先輩の言葉を遮ってしまった。スルーされた旭先輩はズーンと落ち込んでしまったが、とりあえず菅原先輩と合流したい。私の声が聞こえたのか、菅原先輩はマフラーで口元を隠しながら振り向いた。

「オーッスなまえ…え、ええ!?なまえも旭も何やってんの!?何でおぶってんの!?騎馬戦!?」
「おす…スガ…」
「おはようございます!いやぁ〜すっ転んでしまいまして」
「すっ転んだって…うわぁ!膝血まみれだべ!?大丈夫かなまえ!?」
「いやぁ〜あっはっは」
「笑い事じゃない!急いで保健室に…って、あああッ!この時間じゃまだ保険医いないか…!」
「大丈夫ですよ菅原先輩。部室に行けば救急箱あるので」
「旭ィ!マッハで部室行くぞ!傷口にバイキンが入る前に!」
「お、おう!」
「え、待ってくださ、」

 血まみれの膝を見て我を失った菅原先輩が騒ぎ、その勢いに押されて旭先輩が素直に頷いた。待ってくれ、私は乗り物酔いしやすいからおぶられたままだと振動で吐きそうにー…とは言えず、私は駆け足の旭先輩と菅原先輩に連れられて超特急で部室へと向かうことになった。
 おぼろろろ朝飯が出そう。部室に着いた頃には口元を手で隠していないとうっかり出てしまいそうまでに吐き気を覚えていた。膝よりも胃の具合がよろしくない。私が床に座ってプルプルしている間に、菅原先輩と旭先輩の二人は救急箱を取り出して消毒液やガーゼを用意してくれた。

「なまえ、沁みると思うけど我慢しろよ?」
「うす…」
「なまえちゃん、顔色悪いけど大丈夫か?」
「そっちはあまり大丈夫ではないかもしれないでふ」
「え?」
「やべーやべー!忘れ物し……あれ?スガさん、旭さん、なまえちゃん…どうしたんすか?」
「あ、田中先輩!」
「おっす田中。なまえが怪我したんだ。手当てするから、先に部活始めててくれって大地にそう伝えといてくれないか?」
「何ですってーーーーッッ!?!?なまえちゃんの美しい肌が血まみれにィイ!あああ俺たちの可愛いマネージャーがなんてことだ…!すぐに全員に知らせて来ます!」
「いや、大地にだけで良い……行っちゃった」
「スガ…」
「…はぁ、俺が田中を止めておくから、旭はなまえの手当てを頼む」
「お、おう。頼んだ」
「すいません菅原先輩…」
「良いって良いって」

 このまま田中先輩を放っておいたら、私が事故に遭ったみたいな騒ぎになるに違いない。さっきの菅原先輩もだけど、転んだだけなのに皆して大袈裟だ。

「なまえちゃん、ガーゼ押さえててくれる?」
「はい」
「ん。これは応急処置だから、保険医が来たらちゃんと手当てしてもらうんだぞ」
「はい。旭先輩、本当にありがとうございます」
「良いって。可愛い後輩の為だよ」

 ふにゃりと眉を下げて優しく笑う旭先輩にドキッと心臓が跳ねる。普段はあまり見せない表情だったから少し驚いた。気恥ずかしさから俯いていたら旭先輩の大きな手が私の頭を撫でる。優しい手だった。

「あさ…旭しぇんぱい…」
「えぇ!?何で泣くの!?」
「旭先輩のせいだー!旭先輩が優し過ぎるのがいけないんだーッ!ズビッ」
「えええ!?」
「なまえ、旭、お待たせ!今やっと田中の奴が落ち着…い………何でなまえが泣いてるんだ?旭、お前何した?」
「あ、菅原先輩おかえりなさい」
「スガ!?や、違う!俺は何もしてないぞ!?」
「どう見ても旭のせいだろ!?どんな荒治療したらこんな号泣するんだよ!なまえから離れろこの下手くそ!」
「違うって!!!」
「なまえ…大丈夫か?旭に何されたんだ?」
「乙女心を弄ばれました」
「「何の話!?」」



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