「徹ちゃ、」
「誰がしゃべって良いって言ったの」
「 ( 怖ェエーーーーッッ ) 」

 徹ちゃんがマジギレなう。って一ちゃんに今すぐ連絡したいのに、動いたり口を開けば徹ちゃんの目が私を全力で殺しにかかってくる。正座でガクブル震える哀れな私を見下ろす徹ちゃんの表情には普段の人当たりの良い爽やかな笑みは無く、その目に光は無い。普段ちゃらんぽらんしている人が本気でキレるとものすごく恐ろしいということがよくわかった。勉強になりますぅ。でも足が痺れて限界なので、せめて足を崩させてください。自分の部屋をこんなに居心地が悪く感じたのは初めてだ。

 そもそも何故私がこんな目に遭っていうのかというと、話せば長くなる事情があるのだ。

「あと五分はそのままね」
「 ( 無理!絶対無理) 」
「そんな顔してもダメ」

 手厳しいーーー!!!今日の徹ちゃんめっちゃ手厳しい!ていうか今目の前にいる悪魔は本当に徹ちゃん本人なのか?徹ちゃんってこんな惨いことする人だったの?幼馴染という関係を十年以上続けて来たけど、こんな怖い徹ちゃんは見たことがない。基本的に徹ちゃんは私にとても優しい…というより、猛烈に過保護で甘い。それは二つ年が離れているということが大きく関係しているのだと思う。私が徹ちゃんのおやつを取ってもイタズラをしても、徹ちゃんが私に怒ったことなんて一度だって無かった。お母さんと感覚が似ている一ちゃんには今でもよく叱られるけど、でも間に入って私の肩を持ってくれるのはいつだって徹ちゃんだったのだ。常に私の味方でいてくれる頼りになるお兄ちゃん。それが徹ちゃんだ。それなのに、その徹ちゃんの現在がこちらでございます。ご覧ください、この威圧感たっぷりの表情。逆らえるわけもなく、部屋の時計が五分の経過を知らせた。

「なまえ」
「 ( こくこくっ! ) 」
「何で俺がこんなに怒ってるかわかる?」
「 ( こくこくっ! ) 」
「言ってみて」
「 ( いいの?しゃべっていいの? ) 」
「いいよ」
「はい!徹ちゃんと出掛ける約束をすっぽかして別の子と遊びに行きました!ごめんなさい!」
「誰と遊んだのかな?」
「金田一と国見です!」
「はーい死刑」
「くぁーーッやめて!今足触らないで!ひぃいい痺れる!」
「いつ誰が足崩して良いって言ったの?早く正座に戻して」
「うえええん!」

 徹ちゃんが怒るのも無理はない。なんせ、以前から徹ちゃんが楽しみにしていた映画を観に行く約束を、私はドタキャンしてしまったのだから。いや、約束自体はちゃんと覚えてたんだよ。ただちょっとね、日にちを正確に把握してなかったんだよね。金田一と国見が新しいシューズ買いに行くって言うから何それ交ざりたいと思って私も付いて行くことになり、そしてその日が徹ちゃんとの約束の日だということをすっかり忘れて当日を迎えてしまったというわけだ。私がちゃんとスケジュール管理していなかったのが事の始まりであり原因そのものなので、徹ちゃんが怒るのは当然だし、基本的に徹ちゃんに当たりが強い一ちゃんも今回ばかりは徹ちゃんの味方だろう。言葉もありません。

「…映画はね、いつでも観れるからまぁ良いよ」
「え!?許してくれるの!?」
「許すとは言ってない」
「えええ」
「はあ…あのね、なまえ。俺は映画を観れなかったことを怒ってるんじゃないの。わかる?俺が怒ってるのはねぇ、俺との約束をすっぽかして他の男と、ましてや金田一達とデートしたことだよ。ホント許せない…許せなーい!!キィーーーーッッ気が狂いそう!俺を差し置いて金田一達が優先されるなんてムカつくぅ!今度部活で死ぬ程こき使ってやるぅ!」
「徹ちゃん、あのね、うち築30年でそんなに頑丈じゃないんだ。だからお願いだからそんなゴリラみたいに暴れないで床ミシミシいってる壊れそう!」
「いっそこの家壊してなまえが及川さん家の子になれば良いんだ!」
「やめて!?恐ろしいこと言わないで!?そんなことしたらもれなく私の両親も付いて来ちゃうよ!?」
「ご挨拶に伺う手間が省けて願ったり叶ったりだよ!!」
「意味がわからないよ!」
「馬鹿!なまえの馬鹿!そんなんだから馬鹿なんだよ!」
「馬鹿馬鹿言い過ぎだし!ていうか私馬鹿じゃないし!馬鹿って言う方が馬鹿だし!」
「馬鹿なのはなまえだよ!馬鹿だから予定が重なってることに気付かなかったんでしょ!?」
「 ( い、言い返せない…! ) 」
「だいたい何で金田一と国見ちゃんなんだよ!なまえはバレー部と無関係じゃん!いつの間に出会ったの!?どこに接点があんの!?」
「え?中一の頃からだけど。話すようになったきっかけは金田一からだったかな?徹ちゃんが私のこと話してるの聞いて、名前に聞き覚えがあったからって話しかけてくれたとかそんな感じだった気がする。わかんない忘れた」
「国見ちゃんは!?」
「国見に関してはクラスメイトです」
「何だってー!?」
「金田一と国見とは結構仲良しだよ。今度三人で回転寿司行くんだ〜」
「なまえ、今自分が火に油を注ぐような発言をしたことはわかってるかな?」
「あ、やべっ。今の嘘だよ徹ちゃん」
「今更遅いよ?徹ちゃんマジギレだよ?」
「あ、そうだ!徹ちゃん疲れてない?肩揉んであげよっか?」
「あからさまなご機嫌取りどうもありがとねー!!」
「良いってことよ」
「もーーー!この子はぁああ!」

 ジッタンバッタンと徹ちゃんが暴れまわるせいで天井からパラパラと木屑が降ってきた。家が崩壊したら本当に及川家に転がり込んでやろう。徹ちゃんの貯金がゼロになるまで食い尽くしてやる。

「なまえの馬鹿!ひどい!本当にひどいよーッ!及川さんは深く傷付いた!なまえとのデート楽しみにしてたのに…!久々のオフはなまえと二人きりで過ごしたかったのにぃい!」
「徹ちゃん、泣かんといて」
「これが泣かずにいられるわけないでしょ!?俺がどれほどなまえと映画を観るのを楽しみにしてたと思ってんの!?それなのに金田一と国見ちゃんと遊びに行っちゃうなんてさぁ!しかも今度回転寿司に行くなんて絶対許さない!そんなにお寿司食べたいなら俺が将来回らないお寿司をたっくさん食べさせてあげるよー!!」
「やった期待してる」
「寿司にだけ反応すんなよ!どんだけ寿司食べたいの!?カッパ巻きでも食べてなよ!」
「も〜そんなカリカリしないでよ徹ちゃん。ドタキャンしたのは本当にごめんて。今度の月曜にでも映画観に行こうよ。ね?それで良いでしょ?」
「良くない!俺の心はズタズタのボロボロです!どうしてくれるんですか!」
「ええ〜…どうって…。逆にどうしたら機嫌直してくれるの?」
「ふーんだ!自分で考えて!」
「 ( めんどくさい人だな… ) 」

 鼻水を垂らしながらヒグヒグと嗚咽を漏らす徹ちゃんの顔はとにかくやばい。手を叩いて笑うくらいやばい。でも今は笑ってる場合ではないのだ。

「うーん…牛乳パン奢る…」
「いりません!自分で買います!」
「えー…。もうわかんないよ…徹ちゃんの言う通りにするから言ってみて」
「…本当に?」
「おう。女に二言は無い」
「嘘じゃない?」
「おう」
「…」

 徹ちゃんはぐしぐしと目元を袖で拭うと、真っ赤な目で疑うようにジトーッと私を見ている。私が真剣な表情で真っ直ぐに見つめ返すことで本気を伝えると「わかった」と徹ちゃんは私の前まで来て向き合うように座った。

「なまえ、両手を出して」
「…あい」
「俺の手と重ねて。なまえの手が上」
「あいあい」
「軽く握り返して」
「こう?」
「うん。で、『徹ちゃん大好き』って言って」
「…徹ちゃん大好き」
「復唱して。『もう絶対に約束を破りません』」
「もう絶対に約束を破りません」
「『私は及川徹を健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓います』」
「…私は及川徹をす、健やかなるときも、喜びのとき…あれ?病めるが先?……もー良いや全部誓いますヨ」
「『私は及川徹に全てを捧げます』」
「私は及川徹に全てを捧げますぅ」
「『徹ちゃんキスして』」
「徹ちゃんキスし、……ッッッぶねー!!!あっぶねー言うところだった!!さりげなく引っ掛け挟まないでよ!!」
「もー!何でちゃんと言わないの!?復唱してって言ったじゃん!」
「言えるわけ無かろうが」
「あーあ…あとちょっとだったのに」
「冗談でもやめてよビビるわ」
「冗談じゃないもん」
「余計ビビるわ」
「…わかった、もうわかった。まどろっこしい真似はやめよう。なまえ、俺と一つだけ約束して。一つだけだから、ちゃんと守れるよね?」
「おうおう、守る守る。どんと来いや」
「将来は俺と結婚するって今ここで誓って」
「念のために確認させて。正気?」
「正気」
「そうですかありがとうございます」

 もう二度とドタキャンしないと誓います。



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