「す、すす、す、しゅがわら先輩!」
「今言えてたよな!?あともう一息というところで何で噛んだ!?」
「しゅみまてん!」
「いや謝らなくて良いし、また噛んでるぞ」

 菅原先輩は困ったように眉毛を下げて笑った。そんなお顔も素敵だ。むしろ菅原先輩は全てにおいて素敵だ。はうーん…なんて罪な人。うっとりしながら私はゆるゆるとニヤける口元を手で隠す。翔ちゃんに誘われてバレー部のマネージャーをやっていなかったら、今頃私は菅原先輩と出会えていなかっただろう。翔ちゃん、本当にありがとう。中学で三年間同じクラスだったからというだけの理由でも私に声をかけてくれて本当にありがとう。おかげで私は高校一年生にして理想の人と出会うことができた。マジで幸せです。うっひょ。

「で、わざわざ三年の教室まで来てどうしたんだ?部活のことか?」
「いいえ、部活のことではなく…えっと、こちらをご覧ください!」
「ん…?チケット?」
「イエス!映画のチケットです!商店街の福引で当てたんですよ〜」
「へぇー。すごいななまえ!」
「えへえへえへへ。そ、それでですね!今度の日曜日にでも菅原先輩と是非一緒に観に行きたいなぁ〜と思いまして、ハイ…」
「俺?日向じゃなくて?」
「菅原先輩でございます。翔ちゃんは物語に感情移入して叫ぶタイプなので…『うひょー!』とか『ぐぁあ〜!』とか。はっきり言ってうるさいです」
「あー、ぽいな。でも本当に俺なんかで良いのか?」
「なんかだなんて!む、むしろ菅原先輩が良いのです!」

 キャ〜言っちゃった!私とっても大胆なこと言った気がする。こんなセリフはドラマや漫画の中だけだと思ってた。よく言った私。偉い。

「ありがとう。せっかくのなまえからのお誘いだし、行こうかな」
「ま…マジすか!男に二言は!?」
「え?無いよ」
「しゃーーーっっ」

 腕を掲げて盛大なガッツポーズで喜びを表現した。ダメもとで頼んでみた甲斐があった。オッケーが出たってことは菅原先輩と映画を観に行ける。つまり、つまり、つまるところこれはデートだ。菅原先輩にとってはなんてことない誘いなんだろうけど、私にとっては菅原先輩と二人きりでお出かけする初めての機会だ。ものすごく気合いが入る。どんな服着て行こう。髪型もいつもと違う感じにしちゃおうかな。ダメだ、ニヤける。

「なんかこれって、なまえとデートするみたいだな」
「っは!め、迷惑でしょうか…!?もしかして彼女さん、とか…いらっしゃったり…」

 アーッそこまで考えてなかった!バカだ!どうしよう!?ここでもし菅原先輩に彼女がいるという事実を突きつけられたら私はどう受け止めれば良いの。ハリウッド並みに窓を突き破って落下する手段しか見当たりませんがな。「オワターー!!!」つって。

「いや、彼女はいないし迷惑なんてことないよ。むしろその逆。なまえとデートできて嬉しいよ」

 しゅがわらしぇんぱいぃい〜〜!













 日曜日になった。菅原先輩とのデートが決まって浮かれていた先日とは打って変わって、今の私はこの世の終わりみたいな絶望感に打ちひしがれている。映画前にカフェでお茶をすることになり、憧れの菅原先輩を前に妙な真似は出来ないと思い私はなんてことない風を装いながらきゃっきゃっうふふとアイスティーを飲んでいるが、テーブルの下に隠された足はガクガクだ。菅原先輩が向かいにいるのに、テンションが上がらない。

「なまえ、大丈夫か?なんかぎこちないぞ」
「大丈夫でござる」
「そうか?それにしても意外だなぁ。なまえってホラー好きだったのか」

 逆です。菅原先輩、逆です。ホラー映画は、嫌いなんです。私が福引で当てた映画のチケットは、なんと今月から放映されるホラー映画の優待券だったのだ。よく確認もせずに菅原先輩を誘い、家に帰ってベッドの上でチケットを眺めながらジタバタ暴れていた時に初めて気付いた。私って、ホント馬鹿。
 しかも菅原先輩は大のホラー好きだと言う。これじゃあ断れない。本当はアクション映画か、あわよくば恋愛映画なんかを観たかった。とっても帰りたい。いや、帰りたくないけど、気持ち帰りたい。

「そろそろ映画の時間だな。行こうか」
「あいわかった」
「なまえ、気付いてると思うけどさっきから武士になってるぞ。大丈夫か?具合悪いとかだったらすぐ言えよ?」
「御意」

 大丈夫かな私。テーブルを支えにプルプルと震えながら椅子から立ち上がって伝票を手に取った。すると、菅原先輩が素早く私から伝票を奪い取り、空いた私の手を握った。

「デートに誘ってくれたお礼。奢るよ」

 惚れてまうやろーッッ!頭の中で某芸能人が叫んだ。もう惚れてるけど。バリバリ片思いだけど。菅原先輩のあまりの紳士っぷりとそのスマートさに危うく取り乱して顔面が崩壊するところだった。あぶねぇ。だけど頭の中はわっしょいわっしょいお祭り騒ぎだ。だって、あの菅原先輩と手を繋いでいるのだから舞い上がらない方がおかしい。いや、繋いでるというより…引かれてる?妹を誘導する兄、みたいな図が完成した。でも手に触れているという事実に変わりは無い。心臓が口から飛び出そうになりながら、途中の道を歩いた記憶もなく映画館に到着した。

「なまえ、トイレとか大丈夫?」
「行きます!」

 一度菅原先輩から離れて態勢を立て直すチャンスだ。一旦リラックスしよう。化粧室に駆け込んでドキドキしっぱなしの心臓に鎮まれと念じるように胸を摩り、深呼吸を繰り返した。少し気持ちが軽くなった気がする。ポーチから香り付きのリップを取り出して唇を潤し、ふんっと気合いを入れた。いよいよ映画が始まる。腹を括る時が来た。法螺貝のブォオ〜という音をBGMに化粧室を後にした。いざ、出陣。

「お待たせしました〜」
「おかえり。じゃあ行こうか」
「うす」

 よし、死んでこよう。チケットを取り出そうと真顔でゴソゴソとポシェットを漁っていたら、菅原先輩が「ぷっ」と吹き出した。ん?

「はい、チケットはこっち」
「…え?」

 こっちって?差し出されたチケットを恐る恐る手に取り、そして映画のタイトルを見て目玉が飛び出るかと思った。そのチケットは私がまさしく観たいと思っていた恋愛映画のものだったのだ。何で菅原先輩がこれを…?

「なまえ、本当はホラー苦手なんだろ?」
「なーッッ!ななな何をおっしゃいますかーい!!」
「無理しなくて良いって。あれだけ震えてたらわかるよ」
「そ、そんなことないですよ!?三度の飯よりホラーが好きです!」
「…本当は?」

 ズズイと菅原さんの顔が近付く。はうあっ…そんなっそんなっ…!そんなまっすぐ見つめられたら私…!

「ごめんなさいホラー苦手です」

 本当のこと言ってまうやろ。

「よろしい。何でホラーは嫌だってちゃんと言わないんだ?」
「だ、だって…誘ったの私だし…ホラー映画だって確認しなかった私が悪いんだし…菅原さんホラー映画好きだって言ってたし…今更そんなわがまま言えないですよぅ…」
「あのな〜…そんな無理して観たって楽しくないべ?」
「…ハイ」
「俺はなまえと楽しくデート出来るならそれで良い。もっと言えば、なまえが楽しいならそれでいいんだ」
「す、菅原先輩…」
「だから、今度から嫌なことは嫌ってちゃんと言うんだぞ?片方が我慢するんじゃなくて、お互い楽しいことした方が良いべ?」
「は、ハイッ!菅原先輩!」
「わかったならそれで良し!さて、売店行くか。もうすぐ上映時間だぞ」

 ニカッと笑って菅原先輩は私の手を取った。そのまま自然な動作でお互いの指が絡まる。

 タッハーーッ!かっこいい〜!かっこいいよぉ〜菅原先輩!何で私の考えてることわかったのだろうか、摩訶不思議。ホラー苦手なの隠し通せてるつもりだったんだけどなぁ。しかも、ちょうど私が気になってた映画のチケット買ってくれるし。菅原さんエスパーなんじゃない?透視能力でもあるの?

「なまえ、飲み物はオレンジジュースでポップコーンはキャラメルで良かったか?」
「ほええ!まさしく!まさしくそれが良いと思ってました!菅原先輩すごい!何でわかるんですか!?」
「好きな子の好みは把握しておくもんだろ?あ、すいません〜オレンジジュースと烏龍茶とキャラメルポップコーンMサイズください」

 スゲーッさすが菅原先輩。テキパキとメニューを注文する菅原先輩かっこいい。もはや菅原先輩というだけでかっこいい。バレーの練習でも試合でもよく相手のこと見てるし、そういう人のクセとか好みとかわかる人なんだろうなぁ。「好きな子の好みは把握しておくもんだろ?」かぁ。私もそういうこと言える人になりた


え。



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