調査結果とうるさいオカマ

丁寧に編みこまれた艶やかな黒髪。透き通るような白い肌。
 透明感のある薄紅の唇。その斜め下には小さなほくろが存在感を主張しており、そこが動くたび自然と目が止まる。
 すらりと伸びた手足からすっきりとした印象を受けるが、だからこそ豊満な胸部はいっそう大きく見えた。
「あの、えっと?」
 声をかけられ、ハッと我に返る。大変お恥ずかしいことに見惚れてしまっていたようだ。
「わ、す、すみません。えっと、俺は樹内良介っす」
「樹内さんですね、こんにちは。ところで若藤さんはご在宅かしら?」
 物腰優雅な口調で尋ねられる。
 俺は振り返って京を読んだ。もう片付けは終わっていることだろう。
「京ー、吉田さんって人が、」
「ゲッ」
 言いかけたところで、奥からそんな声が聞こえた。
「奥にいるのね」
 失礼、と短く断ってから、吉田さんはパンプスを脱いで事務所に上がりこんだ。
 慌ててそれを止めようと後を追いかけるも、その小さな背中に何やら鬼気迫るものを感じ、強引に引き止めることは出来ない。しかしなんだって、こんな美人が京のもとを訪れるのか。しかもこの気配、まるで今から修羅場が巻き起こりそうな雰囲気である。
 まさか、恋愛絡みか。確かに京はモテるし、彼女の一人や二人いてもおかしくない。人に無関心を極めている京が色恋沙汰でトラブルを起こすなど考えにくいが、数年で人は変わるものである。
「ちょっと、若藤さん!?」
 そうこう考えているうちに、吉田さんは応接間に入ってしまった。見ると京はソファーに座り込んで、至極めんどくさそうに吉田さんを見ている。どういう状況だ。
「なんで来たんですか」
「なんでじゃないわよ、LINE送ってるのにいっこうに返事寄越さないあんたが悪いんでしょ!」
「ゲ、ほんまや……。どんだけメッセージ飛ばしてくんねん……」
「の前に連絡してこなかった件を詫びなさいよ! 期日は今日でしょう!?」
「俺かて急がしかったんですもん」
「ソファーにふんぞり返ってる姿見せられながら信用しろって無理があるんじゃない?」
 先ほどまでのお上品そうな雰囲気もどこへやら。吉田さんは綺麗に整えられた眉をこれでもかといわんばかりに吊り上げて、ギャアギャアと叫んでいる。それを右から左へと聞き流す京、という本当によくわからない光景だ。
「ちょ、ちょっと一旦落ち着きましょう……?」
 二人の間に割って入り、主に吉田さんを落ち着かせる。
 吉田さんは俺を見ると途端騒ぐのをやめ、「あら失礼」と口元に手を当て微笑む。しかし、今更とってつけたように上品な仕草をされても、先ほどの剣幕が網膜に焼き付いてとてもイメージを払拭することは出来ない。
「きっさんサンキュ」
「じゃねえよ。お前だよ一番悪いの。説明しろ」
「ええー」
「その反応、どういうことかしら。若藤さん?」
 また青筋が浮き立ちそうな吉田さんを宥め、ソファーに座るよう促しつつ、お茶の用意をする。
 なんで、来たばかりの家でお茶入れてるんだろう、とふと我に返るが、先ほど助手として正式に雇用が決まったわけだし、業務内容と言うことにしておこう。
 ついでに京と自分のグラスを下げたので、京の分だけ入れなおして補充した茶菓子と一緒に持っていく。京は、先ほど広げていたものとはまた別のファイルを数冊取り出し、机の上に広げていた。
「きっさん、今から仕事の話するからそこらへん座って聞いといてな。吉田さんには了承得てるから」
 そうは言えど、二対のソファーしかないのにどこに腰掛けろと言うのか。悩んでいると吉田さんが少し横に移動して隣を空けてくれた。お言葉に甘えて、隣に腰掛けさせてもらう。それを見、京はきっと表情を切り替えた。
 吉田さんは、現在受けている案件のクライアントらしい。依頼を受け付けたのは半月ほど前。その内容は、ストーカー調査のようだった。
「ひと月くらい前から、誰かにつけられている気がしてね。私は自宅でエステサロンをひらいているのだけれど、訪問エステも行っているの。で、帰りが夜遅くになったりするんだけど、足音がくっついてきて、私が止まると向こうも止まるみたいな感じでね」
 吉田さんは眉尻を下げ、不安げな表情を作る。
「で、困っていたところにそういえばお隣さん探偵やってたなって思い出して、」
「お隣さん?」
「吉田さんは二○四号室の人やねん」
「住人なのか!」
 驚く俺をよそに、京は話を続ける。
 半月前に吉田さんから、ストーカー調査の依頼を受けた京は、今日まで独自で調査を続け、二週間後である今日、中間報告をする約束になっていたそうだ。一週間前にはきちんとリマインドが来たようだが、今日は朝から確認のLINEを送っていたにも関わらず一切応答無しだったので、溜まりかねて直接訪ねに来た、というところらしい。
 多分、俺のことがあったからだろう。途端に罪悪感に苛まれて吉田さんに謝罪を述べると、吉田さんはにっこり笑って「いうほど気にしてないからいいのよ」と言ってくれた。優しい。
「さて、じゃあまあ状況の整理が出来たところで調査結果報告しましょか」
 京は幾枚かの写真と、観察記録のようなものを提示しながら、ここ半月間の吉田さんの監視をしていたことを話した。広げられたものはその調査中に撮影したもの。彼女がエステの施術をしている写真や、友人と出かけている写真、カフェで紅茶を飲みながらスマートフォンをいじっている写真など。これらを見た吉田さんは「いつの間に」と若干青ざめていたが、気にもとめずに話を続ける京。
「これ、とこれとこれ。あとこれも、か。こことか、こことか。共通してることが一つあって、」
「どっちがストーカーか分かりゃしねぇ」
「物的証拠じゃ。誰が好き好んで吉田さんのストーカーするかい」
「ねぇそれどういう意味かしら」
 吉田さんの冷ややかな言葉を無視して、京は広げられた写真の一点を一つずつ差していく。
 そこには深い藍色のキャップを深くかぶったコートの人物が写り込んでいた。遠くを歩いていたり、同じ店の別の席に着いていたりと、写り方は様々だが、心なしか吉田さんの方を気にしているように見えなくもない。
「あら? この人……」
 背格好からして、おそらく成人男性だ。しかも少しごつそうな雰囲気を感じる。
「吉田さん、心当たりあるんですか?」
「うーん、多分……? なんとなく、見覚えがあるような、というか……」
「そらあるやろな」
 京は、至極めんどくさそうな顔をしながらそのように言う。
「こいつだけ切り取って、色々照らし合わせた結果身長は180手前くらいでかなりがっしりした体格の男やっちゅうんまでは分かった。年齢は、俺も知りたくない。怖い」
「は?」
「直接本人に聞いてくれ」
 京が投げやりに言いすてるのとほぼ同時に、玄関から「ちょっとどういうことよぉ!」とえらく野太い声がした。反射的に振り返ると、客人は出迎えを待たず家に上がり込んできたようで、いつの間にかそこには金髪に藍色メッシュのいかつい男性が立っていた。
 いや、男性……なのか?
 と、突然隣に座っていた吉田さんが立ち上がり、その男性を指差して「あんた!」と大きく声をあげた。
「オカマのリンコ!!」
「吉田皐月!!!
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