たった一人の君を探す旅

Prologue

 白い、白い街でした。
 雪が降っていたわけではありません。霧に覆われていたわけでも、ありません。白くて、眩しい街でした。それは光で、目映い白に溶けていきそうな、まるで醒めゆく夢の中に在るような、そんな街でした。
 男が、歩いています。黒い帽子を目深に被り、襟の立った真っ黒いロングコートを、かっちりと着た男です。歩いています。双肩に、何か重いものでも載せているかのように、男は少々背を丸めつつ、なにやら大仰な荷物を乗せた台車を、押して歩いています。前に進む度に、ぎいぎい、と軋む音がしました。
 あちら、つまるところ男の前方から、子供が複数人駆けてきます。無邪気な子達です、その元気な声が、静かな辺りに響いて溶けます。男女入り交じって、楽しそうに。
 子供達は、やがて男に気づきます。一人が気付き、足を止めると、次々と足を止めます。連鎖します。子供たちの顔から、楽しげな表情が消えるのと同時に、男も足を止めました。キィ、とキャスターが音を立てます。男は俯いたままでした。ただただ静かに、呼吸をしています。
 台車の右側には、手押しのポンプが付いていました。男は、おもむろにそのハンドルへ、右手を伸ばします。男の、病的なまでに白く細い手が、ハンドルを押します。沈んだハンドルが、ゆっくりと元の位置に戻ろうとしていました。ぼこり、と音がします。
 男の胴からは、太いホースが伸びていました。ところどころ赤黒く汚れたホースです。それは、どうやら台車に積まれている荷物に、繋がっているようでしたが、その荷物がなんなのか、確認することは叶いませんでした。荷物には、黒い布がかけられています。
 ぼこり、という音がするとともに、荷物の中から何かが吸い上げられて、それはそのまま、男の体内にへと、送り込まれます。ぼこ、り。ぼこ、り。重苦しい響きは、白く目映いこの街に、不釣り合いでした。
 その、異様な光景を目の当たりにした子供たちの顔に、次第に刻まれていくのは、恐怖という名前のものでしょうか。男は、ふと手を止めます。それから、こう言いました。
 もし、ソコの子供タち。どウカ教えテオくレ。僕の大事ナ人が、アる日はタリト動かなクナッてしまッタノです。僕ハ彼女のタメに、目も、鼻も、耳も、口も、心ノ臓サえも、あゲタのに。どウスれば、マタ、目を開けてくレるでしョウか。僕ハ、たダ、マタあの人に、笑ってほシイだケナのに。彼女は、ドウしテシマッたノかナァ。
 男は、言いました。けれどそれは、子供たちには届きません。かたく縫合された口元からは、何の音もこぼれません。
 やがて子供たちは、各々悲鳴をあげながら、その場から走り去っていきました。男は、ようやく、少しだけ顔をあげて、小さくなっていく子供たちの後ろ姿を見つめます。きつく縫合された瞼の奥、きょろりと動く眼球は、とうに存在しません。

 白い、白い街でした。
 まるで醒めゆく夢の中のような、白く目映い街を、男は歩きます。黒い男が、キィキィと、錆び付いた音を立てながら、歩きます。
 愛しいあの人を、その車に乗せて。また、あのあたたかな笑みを浮かべてくれることを、柔らかなソプラノが、自分の名を、呼んでくれることを、ただただ願いながら。


 死(アナタ)を想う。
 想い続ける。


121222