■ 傍聴、静観。

(人は、実に愛しいと思うのです。)



 いらっしゃいませ。とりあえずそちらのソファーにおかけになってください。ああ、コートはお預かりしますよ。外、寒かったですか? ……ですねぇ。想像つきます。夏場だというにも関わらず、ここまで冷え込む雨も珍しいものですね。
 あ、そうだ。お茶の方がよろしいですか? 一応紅茶、抹茶、あと何故かオレンジジュースがありますけど。はい、紅茶ですね。よかった。え? ああ、この抹茶は私のものですから、希望されても断ろうと思ってた、なぁんてことありませんからー。

 さて。改めまして、いらっしゃいませ。私のことはFとでもお呼びください。もちろん本名じゃあありませんよー。F、なんてアルファベット一字しかない本名って、ドキュンネームよりひどいじゃないですかー。単に、あなたとは本名を名乗りあわねばならぬほど深い繋がりなんて持たないでしょうから、言わないだけです。だからあなたも、言いたくなければ名乗る必要ありませんからね。私はまあ、いわゆるお決まりの流れですから、仕方なく。ね? さ、早速ですがお話をお聞きしましょうか。今日は、一体どうして、ここへ?

 ……ふん、ふん…………へぇ…………はあはあ、なるほど。……要約しますと、嫉妬というわけですね。友人が、自分以外の人と楽しんでいるところを見てるとひどく腹立たしい。自分には反応を返さなかったくせに、他の人間には返すのか。こっちを見ろ、言葉を返せ、感情を向けろ、と。つまりはそういった、ひどく身勝手な腹立たしさに、苦しめられてるわけですね。確かにねぇ。そのご友人は、何もあなたの所有物というわけではないのに、どうしてあなたが憤慨するんです。その理不尽さにもちゃんと気付いてるから、ひどい自己嫌悪に陥ってもいる、と。

 んふふ、くだらないですねー。

 ね、お客さん。あなた、今何に対して体裁気にしてらっしゃるんです? 私別にあなたという「個人」に対してこれっぽっちも興味持ってませんし、今後も持つ必要ないんで、そんな気になさらなくていいんですよ。え? 言ってる意味がわからない? やだなー、おとぼけなさらずとも。説明する手間がかかるからそういうの本当、いいんで。
 だからーつまりー、本音吐き出せばいいじゃあないですかー。ご友人への身勝手な不満、自分勝手な憤りの理由。全部全部吐き出せばいいじゃあないですかー。出しきりもしない状態で、私最低よね、なんて真人間ぶって感情の蛇口閉めたら、そりゃあいっこうに無くなりませんし溜まる一方じゃないですか。
 もっとドストレートに言ってさしあげましょうか? 私を見てくれないなら死ねって、極端な話そこまで思う程度まで高まってるんじゃないですか? その不満。吐き出しなさいな、存分に。私は、あなたの名前も知らない、ご友人の面も知らない。今、この瞬間限りの関わりです。多分明日になったら私はあなたの顔を忘れてると思うんですが、そんな人間に、これはよくないって私わかってるわよえらいでしょ普通でしょ、なぁんて体裁気にしてぶって、それ単なる自己満足に終わりませんかね? 私、あなたが真人間だろうがなんだろうが、どーでもいいんですけど。

 ……ふふ。そう、それが見たかった。聞きたかったんです、私。ああ、いいですねぇ。自分勝手な感情に染まった目、言葉。相手の人生を、まるでご自分のタオルかぬいぐるみみたいにしかとらえてない。相手の行動思考感情、あなたの律するところではないのに。まるであなたが勝手にルールを敷き、それを破ったみたいに。思い上がりも甚だしい。ああ、素敵です。で、で? 死んでほしい? いっそ? でも死んだら自分が悲しいから、ご友人のまわりに群がる奴らがくたばれと? あっはっはっは! いいじゃあないですか! ね、むかつきますもんねぇ! 他の方々がいなければ、ご友人はあなたしか見ざるをえなくなりますしねえ! まあ、それでもなおあなたを拒む可能性もありますがあなたそれ絶対考えてませんよねぇ! ふふ、ええどんどん続けてください。

 あー、愉快。え? で、どうすればいいかって? 知りませんよぉ、そんなの。ご自分で考えてくださーい。うわ、いきなり立ち上がって、なんなんです? 私、一度も「あなたを助ける」「解決策を提示する」なんて口にしました? してないでしょう。大体、今日初めて顔を見た人間ですよ? ご友人にいたってはあなたからの一方的感情に染まった見解しか聞いちゃいないわけで、それで解決策提示できると思いますー? 無理無理。
 それでも商売人か、ですって? ……私、一度たりとてあなたからお金をいただくなんて申し上げましたか? 広告にも書いてませんよね? 誰も金なんざもらう気さらさらありませんよ。私は、私の自己満足でこの事務所をかまえてるだけです。

 あなたに限りませんが、そう簡単にね、他人に助けてもらおうなんて考えられる方がぶっちゃけ気持ち悪いです。あなた方はご自分とご自分の人生に責任というものをお持ちになってらっしゃらないのか。そうでしょう? しかもわざわざ金を払うなり自分に損出してまで助けてもらおうだなんて、そこまでいくとその軟弱な、こじきみたいな精神も大層ご立派に思えてきますよ。

 で、どうなんです? 今、あなた私に対してひどく憤ってらっしゃるようですが、肝心の感情は? 私への憤りよりは小さくなったでしょう。よかったですね。まああのヒートアップのご様子なら、今まで吐き出せる相手なんていなかったんでしょうね。それでいいじゃないですか。心理学的に見ても、溜めるよりは出す方が、身体にも負担はかかりませんし。あなたは吐き出せた。私は面白い話が聞けた。お互いの利が一致。よかったですねぇ。

 え? ええ、話が聞きたいからカウンセラーやってるんですよ、私は。人間の、身勝手で薄汚くい部分をもっと見たい。聞きたい。おかしくておかしくて、腹が幾度よじれそうになったことか。人は、やはり考える生き物だけあって、パターンは似ててもどれ一つ、全く同じ、がないんですよ。面白いでしょう? それを聞くだけで、充分有意義な暇潰しになる。ええ、暇潰しです。死ぬまでの、長い長い時間、退屈せずいきたいでしょう? だからむしろ、ありがとうございました。明日からも頑張ってください。早く楽になるといいですねぇ。



(都内某所。小さなビルの一室に、その店はある。店。いや、店なのだろうか。そこには男が一人、よくわからない生物が一人。男は、今日も今日とて、破裂しそうな感情の掃き溜めを探す勝手愚かな人間を待っている)

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