Dimension leaper | ナノ


▼ prologue

 鮮やかな西陽を背に受け、青年は少女の名前を呼んだ。それはさも昔からの馴染みを呼ぶようであって、その親しみある響きに、少女は静かに絶望する。
 ――ああ、また、駄目だった。
 いつもそうであった。一縷の望みを抱いて、少女は世界に干渉していく。時間制限(タイムリミット)のある、一方的で絶望的なゲームだ。少女は幾度も時間切れで敗者となっては、残酷な罰ゲームから逃避する。その繰り返しであった。次こそはきっと大丈夫。そう自分に言い聞かせるのは、次で何度めであろうか。
 もう何度、リタイアという言葉を飲みこんだであろう。
 青年は、突然黙り込んだ少女を不思議に思い、小首を傾げた。その際、彼の首回りで重たげにきらめく装飾品が、僅かに音を立てた。その石細工も、彼が身に纏う立派な衣服も、何もかもが少女にとっては目に馴染まぬものである。
 青年は王子であり、“少女”はそんな彼の古馴染みである――らしい。今回の“設定”では、そう構築されたようだ。
 少女の、黒曜石を埋め込んだような瞳からは既に光が失われている。くぐもった黒は、哀しみによってしっとり濡れていた。
 もう、用はないのだ。少女は黙したまま、踵を返す。その背に、“少女”を呼び止める声が降るが、少女は歩みを止めなかった。自分が自暴自棄になる前に、衝動のままに彼を殺してしまう前に、少女はそんな胸のうちを漏らさぬよう、毅然たるさまを装い続けた。
 次は、うまくいくだろうか。
 次こそは、見つけられるだろうか。
 世界が“あたし”を思い出させる前に、あたしは。
 少女は、王宮の外に広がる深い森のただ中で立ち止まる。す、と右手を振り上げると、少女の足元に巨大な円形の魔方陣が浮かび上がった。複雑な魔法式が記されたそれが、一際強い白の光を放つと、辺りはたちまち光に包まれ、そして。
 光が止んだその時、少女は既に、そこにはいなかった。



130929

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