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ある人に捧ぐ

「好意を寄せてくれる相手には極力応えていきたいわけよ」
 それは本当に何の前触れもなく、まるで俄雨のように唐突に、それでいてフランクに投げられた言葉であった。
「はあ、」
 なんの気構えもない俺の口からは、とうぜん間の抜けた相槌しか出てこない。相槌と書いていいのかさえも危うい、最早それにしては大きな息だ。
「そう思わね?」
「思わね、と聞かれても。そもそもなんの話なんすか」
 口振りからして話の振られるであろうことは予測できていた。が、しかし、そう読めてはいたとしても、そもそもの話題がなんであるか理解できていないままでは充分な解答もできないというものであって。目の前の男は、肩ほどまでの赤毛をきゅっと束ねながら「好意の話?」と逆に聞き返してきた。いや、聞き返すというよりは確認であろうか、この場合は。
「んっとさ、好きだっつって言ってくれる相手にはさ、全部とまではいかねえかもだけど、できるだけ応えていきたいよな」
「んん……、よくわからん。応えるって例えばどういう?」
「わかんねえけど、なんだろ。うーん」
 未だに話が見えない自分も自分だとは思うが、この会話の主導権を握っている男がまず己の言いたいこと、話題として取り上げたいことを明言できないというのもどうかと思う。
 この男、ランドルフ・サミュエルは大体こういった人物であった。それでも、そういうゆるいところを長所として扱えるところは彼の才能なのかもしれない。少なくとも、不快には思わない、思わせない力が彼にはあった。
「あのさ信也」
「はい?」
「これなんて返せばいい?」
 ふいにiPhoneの画面を見せられる。そこにはSNSの画面が表示されていて、そういえばこの人も登録していたっけな、などとくだらないことを思い出した。
 ランドルフ、いやランディさんは、その画面上のとある箇所を示している。そこには恐らくランディさんの知り合いであろうユーザーが投稿したコメントが表示されていた。それを見てやっと、彼の言いたかったこと、聞いてきたかったことを悟り、「あー」と間延びした声が漏れる。
「思った通りでいいでしょう」
「それがわっかんないのよね」
「わっかんない、と言うと?」
「文面はとっくのとうに浮かんでんだけどさ、俺がそれを言うべきなのか、言っても大丈夫なんだろうか、みたいな、こう」
 うーん、と大きく頭を、身体ごと傾けてみせる自分より一つ上のアメリカ人に対し、なんとなく頭叩きたいと思ってしまったのは致し方ないことではないだろうか。困ってんのよね、と溜息を吐く様を眺める。
 そんなことくらいで悩むものだろうか、というのが正直な感想であり、つまるところ俺自身、解答に困った。何より、あんた普段のキャラと違いすぎだろう。と、そこまで思ってから、そういえばこの人にはこういう面倒臭い面があったことを思いだす。
「別にいいでしょう、なんでも。思ったことぶつけりゃいいじゃないですか。言葉にさえ気をつけていれば、なんだって嬉しいと思いますけどね」
 知りませんけど、と溢れそうになった自己保身の一言を、すんでのところで飲み込む。
「それにしても、」
「ん?」
「そんな慎重になるような相手なんですね」
 意外だ、と言外に伝えれば、ランディさんは恥ずかしそうにほおをかいた。
「めっちゃ好きって言ってもらえててさ」
「告白ですか」
「それとはちげーよ。でも、好かれてるんかなって俺自身思えちゃう程度には、まあ。んでさ、相手が一番望む形で応えることはできねぇけど、例えばこういったところで、少しでも何か返せたらなーって、ランディさん思うのよね」
 なるほどここで冒頭につながるのか、と一人合点が行き、一つすっきりする。
 まあつまり、だからアクション一つとっても慎重になっていたのだろう。誰に対してもずかずか行く(ように思える)この男だからこそ、その慎重さから、いかに大事に応えたいか、その想いの真剣さが伝わった。
「飾り気なくていんじゃないですか。思った通りのことを思ったように、躊躇わずにぶつけてきたらいいと思いますよ」
「そう?」
「そっすよ。てか、そんなぐだぐだしてんの、正直キャラに合わねっすよ」
「どっちかってーと俺こういうキャラのが素なんだけど」
「ギャップ凄まじいっすよね」
 なんやかんやと話している間に彼の指先は、時折ふらつきながらも慎重に、丁寧に文面を作成していった。そうしてやがて、出来上がったコメントを、ずい、と目の前にだされる。
「こんなんどう?」
 それはいたって普通で、平凡で、面白みも何もなかったけれど。
「いいんじゃないですか?」
 それがこの男の素直な気持ちが詰まったものなのだとしたら、それで充分きらきらしたものなのだろうと思う。
 送信するのにかなり間があったが、それでも、送信し終わったあとのランディさんは晴れ晴れとした顔をしていたから、少しでも彼の気持ちが伝わればとおもった。


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