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まどろみの追憶

ランディ/フロラ/フリダ


 高校を卒業してからと言うものの、特にやりたいこともなく、気が付けば複数のバイトを掛け持ち、その日その日をどうにか過ごすというような生活に身を置いていた。同級生たちは皆々、夢や希望を抱いて社会へとすだっていったと言うのに、それに比べて自分は。などと比較こそすれ己を卑下することはなく、我ながら楽観的な人間だとは思ったものである。
 休日は、近くの公園で近所の子供たちと戯れた。時にはスケートボードを教えてやったり、簡単なアクロバットを披露してやることもあった。平凡で地味ではあったけれど、ごくありふれた、幸せな日々であった。しかし、どこか物足りなさを感じていたのも、事実ではあって。けど、こればかりは仕方ないと思っていたのである。ある日突然未確認生物が表れて、地球防衛戦に駆り出されるなんてこと、ありえないだろう?



(……ん。ああ……、夢、ね)
 ランドルフ・サミュエルは、薄暗い自室で静かに覚醒した。時刻は夜中、朝日など浴びることはないけど、日の出にはまだ幾分時間がある。
 ランディの身体は十二分に火照っていたけれど、皮膚表面がやけに涼しかった。というより、すーすーと染み入るような、そんな感じであった。寝転びながらではあるが、重たい腕を上げて額に当てる。ぬるり、と不快な感触。どうやら、ひどく寝汗をかいてしまっていたようだ。
 起きて、シャワーを浴びよう。そしてこの不快感を早く洗い流してしまいたい。思いはすれども、意に反して身体は重かった。動くのが億劫で仕方ない。仕方ないとばかりに再び目を閉じると、先ほど見た夢の記憶がうっすらよみがえる。触れれば消え去ってしまいそうなほどに、それは色褪せていた。
(もう、何年になるだろうな……)
 いつも飄々としている彼であったが、こうして夜になると一人、静かに考えこむことがあった。そのきっかけはいつも様々で、けれど、夢が原因、というケースは結構多い。今回もそうだ。夢、というよりは彼の、チェイスにくる前の記憶、というべきか。ランディは、はあ、と些か大きく息を吐いた。それでも、憂鬱な気分は晴れない。
 気を許せば、泣いてしまうとさえ思った。二十六にもなって、流石にそれは恥ずかしいと思い、懸命にこらえる。誰に対して体裁を気にしているのか、自分でもわからないままに。たった一人。
 寂しくない、わけがなかった。両親や友人に、二度と会えぬということは、意外にきつい処遇である。別段人に執着する人間ではなかったが、それでも、である。

 会いたいと、そう願ってしまうのは、自然なことではないだろうか。






「ランディー!」
「ランディー?」

 いつのまにか眠っていたらしい。己を呼ぶ声で、ランディの意識は緩やかに浮上した。ゆっくりと瞼を開くと、よく似た顔が二つ、視界いっぱいに写り込んでいた。何も初めてのことではなかったので、寝起きとはいえ動じることもなく、ランディは柔く笑みを浮かべて、二人の頭をぽんと撫でた。

「おはよう、フロ・リー」
「おはよう、ランディ」
「ランディ、おはよう。お寝坊さんだね」
「お寝坊さんだ。ランディ、お寝坊」
「そう連呼すんなよ……、はいはい。起きますって」

 ランディが起き上がろうとするのを見て、フロラとフリダはばっと彼から離れた。緩慢な動作で、ランディが起き上がる。

「ランディ、起きた」
「起きた、起きた。報告!」
「報告! しなきゃあ! ヴァレリアー!」

 タタタッと二人は部屋を駆け出していった。一人残されたランディは、どうにも重たい頭に手をやり、ぐしゃぐしゃとかきむしった。
 ひどく、気分が重い。けど、その理由に心当たりがない。ランディは、昨晩(というより再び眠ってしまう以前のこと)をすっかり忘れてしまっていた。ただ、その名残が身体に残っており、若干気だるい。
 首を傾げつつ色々思い返してみるものの、それはすっかり褪せて消えてしまった夢を思い出すようなものであって、ランディは早々に思い出すことをやめた。そんなことより、早く着替えねば。フロラとフリダがきたということは、恐らく既に皆起きて食卓についているのだろう。これは、ものすごく、やばい。
 いつだったか、同じように寝坊してしまった時にヴァレリアにこっぴどく叱られたことを思い出す。ランディは途端に血相を変え、慌てて着替えを始めるのであった。



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こいつ何気くだらんことで落ち込むっていう設定があったので書いただけです。
120603


Thank you for reading.