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マイフェアレディ

マイ フェア レディ
世界で誰よりも無邪気で素直で美しいアナタ。

 あたしは、世界中で誰よりも幸せな女の子。何故って? だって、そうママが言ったから。ママの言うことは絶対なの。ママが言えば、ぽそぽそのシリアルはこの世で一番の御馳走になるし、ドラマの中で特に目立ってもない郵便配達員のオジサマだって、連続殺人犯になっちゃうのよ。ママの言うことは絶対なの。そうでしょう? マイ・ディアー。だからあたしは、世界中で誰よりも幸せな女の子。

 あたしは先日、運命の出会いを果たしたわ。それはいつものように、学校のロッカー前で、親友のキャシーと大好きなケシャの話をしていた時のことよ。不意に誰かがあたしの背中にぶつかってきたの。あたしは驚いたわ。ちょっと強めの衝撃だったから、思わず朝食べたハニートーストの欠片をぽんっと出してしまいそうだった。女の子なのに下品ね、なんてよしてちょうだい。あたしは事実をチュージツに説明しているだけなんだから。
 あたしは当然振り向いて、突然ぶつかって来た奴の顔を見ようとしたの。レディにぶつかってくるなんて、全くどこのレイム・ボーイかしら。きっと、色白そばかすでちびな奴に決まっているわ。なんて思ってしまったことを、今でも後悔しているの。
だって、それが彼だったから。
 彼の顔を目にした時、あたしの時間はぴたっと止まってしまったわ!
「おっと、ごめんよ。ニックの奴がいきなりつまずくものだから」
 巻き込まれちゃった。俺も被害者なのさ。なんて言いながらも彼は、大丈夫かいって気にかけてくれた。あたしは、情けないことに頭が真っ白になっちゃって、壊れかけのオートマティク・ドールみたいに、ぎこちなくも頷いた。背中に感じた衝撃なんて、もうとっくに、跡形もなく消えてしまっていたし。けど、あとからちょっぴり後悔したわ。だってここでめちゃくちゃ痛がったりしてみせたら、彼はきっとあたしの身体に触れて、もっと至近距離で彼の顔を見ることができたかもしれないし、声もいっぱい聞けたかもしれないじゃない? なんて、まるであたし、リトルデビルね。
 彼は、あたしが大丈夫だってことが分かると、すぐにその場から去って行った。後ろには見知らぬ男子がいたわ。きっとあれがニックね。
 あたしは暫く、彼が去って行った方向を見つめていた。キャシーが何度かあたしのことを呼んでいたみたいだけど、結局チャイムが鳴るまであたしは気付かなかったの。その時にはすでに、あたしは彼に恋をしてしまっていたのだわ。

 その日からあたしは、彼についていろいろ調べだした。だって、顔と声以外何も知らなかったのだもの。いいえ、それだけじゃあないわね。唯一手がかりになりそうなのは、彼の友達のニック。だから、あたしはまず、ニックを探すことにしたわ。
あたしの通う学校は、割と小さめのところだったから、ニックという名前さえ分かっていれば、見つけることは容易かった。
 驚いたことに、この学校にニックは三人しかいなかったの! 一人は事務員さん。もう一人は音楽担当のミスタ・コリンズ。あたしは事務員さんも、ミスタ・コリンズも知らなかったから、かなり驚いた。生徒の中では一人しかいなくてよかったわ。ニコラス・テーラーこそが、あたしの探している彼の友人、ニック。
 彼との運命の出会いを果たしてから、ニックを見つけるまでに一週間がかかった。その間、あたしは大好きなクリスピーも我慢して、ひたすらニックを探していたから、この一週間はとても長く感じられたわ。でもね、ただ、長く苦しかっただけじゃあないの。だって、その間ずっと、あたしの頭の中は彼のことでいっぱいだったから。

 ねえ、あなたは誰かに恋をしたことってある? それはもうとってもハッピーな気分になるのよ! だって四六時中、あたしの中で彼が笑っているのだから、むしろ何を辛く苦しく思えって言うの?

 彼は最高にイケてたわ。それこそ、王子って言葉は彼のためにあるんじゃないかって思えるくらい。声も、笑顔も、何もかもが素敵だった。あの、たった一度きりしか見たことないくせに、って思うかもしれないわね。けどね、そんなものは全然重要じゃあないの。誰かを好きになることに、理由なんて結局は後付けなのよ。ほら、あなたのところでも言うんじゃない? 恋は突然に、ってね!

 ある日の休み時間に、あたしはニックのところへ向かった。ニックはあたしより一つ年上だったの。上級生のクラスはやっぱり多少怖かったけど、あたしは頑張ってニックを呼んだわ。現れたのは、あの日に彼の後ろについていた男子。間違いない、彼があのニックだわ。
「ハアイ、ニック。初めまして」
「やあ、見ない顔だね?」
「初対面だもの。ハジメマシテって言ったでしょ? そんなことより、聞きたいことがあるの」
「おいおい、名前も教えてくれないのかい?」
「あなたの、一番の友達を紹介してほしいのよ」
 ニックは、呆れたように肩をすくめると、半身をそらして「おーい、マイク。君に客だと」マイク、とあたしは心の中で呟いた。それが彼の名前なのね。
「ここは学校だぜ? 客ってなんだい」
「さあ? ともかく、君に用事があるって言う奴が来てるのさ」
 ほどなくして現れた男子を見て、あたしは息が止まりそうな錯覚に陥ったわ。だって、やってきたのはやっぱり彼だったんだもの!
「あれ? やあ、君はいつかの」
 しかも、覚えてくれていたなんて! あたしは嬉しくってどうにかなりそうだった。心臓はばくばくどころじゃないし、顔がスペアリブのようにこんがり焼かれているんじゃないかってくらい熱かった。彼は、マイクは、あたしににっこり微笑みかけてくれているの。その笑顔が眩しくて、もう直視できなくて。あたしは慌てて視線を下にずらすんだけど、マイクの襟もとがちょっぴりセクシーだったから、余計に見てられなくなって、ああもうどうしよう!
「で、俺に何か用かい? というか、君は誰かな?」
「あ、あたしは……」
 あたしは、震える声で名前を言ったわ。情けないったらなかったけど、いっぱいいっぱいだったんだからしょうがないじゃない。
 彼はあたしの名前を繰り返して、よろしく、とまた笑ってくれた。というより、笑みを深めた、って言えばいいのかしら。ともかく、あたしはもう何から喜べばいいのか、何からドキドキし出せばいいのか分からなくなって、何も言えなくなってしまったの。情けない、情けない!
「で、何か用?」
「え、ええと、その、」
「ヘーイ、マイク。こっち来てよ」
 その時、教卓のあたりでたむろしていた女子グループの一人が彼を呼んだ。人数は五、六人くらいで、その誰もが可愛くて、同じ女のあたしも羨むくらいナイスバディだったわ。あたしは背も低くて胸もない。完全に幼児体型だから、あんなふうに、チューブトップに極ミニを合わせたりなんてしたことない。化粧だって上手くないし、あの子たちとあたしとでファッションショーにでも出ようものなら、あたしは精々に引き立て役のファニーガールってところじゃないかしら。
「ああ、ちょっと待ってくれ」
「っていうか、その子誰?」
 グループの女子、みんなの視線が突き刺さる。それはとても痛かった。あたしはすぐにでも逃げ出したくなってしまったわ。どうしてここにいるのかしらって、本来の目的を見失ってしまったみたい。そして、それは本当にそうなってしまったの。あたしは、彼に会って、何をするつもりだったのかしら。
「僕に用があるみたいなんだ」
 彼は事もなげにそう言ったわ。あたしは、その用事を思い出せないでいるっていうのに。すると、グループの一人がこっちにやって来たの。彼のすぐ隣に立つと、いい感じの身長差で、まるでカップルみたいだったわ。背が高くて手も足も細くて、顔も整ってって、胸は大きくて腰が細くて、何より、大きくて綺麗な彼女の瞳は、あたしでさえも見とれてしまいそうだった。
「フーン……」
 彼女はあたしのことを、頭のてっぺんからつま先、柄にもなく気合を入れたペディキュアまでじっくり見まわして、
「もしかしてこの子、マイクに告白でもしに来たんじゃない?」
 まるで馬鹿にするような言い方だったわ。とても腹が立ったけど、あたしは緊張と敗北感と、そこから生まれる悔しさで何も言い返せなかったの。確かにあんたが馬鹿にしたくなるような女の子だものね、あたしは。けど、そのあとの彼の言葉に、何より一番、ショックをィ受けた。
「ははっ、まさか」
 なんてことない、って思うかもしれないわね。でもね、あたしにとっては、それは、まるでトースターで殴られたってくらい、衝撃的な言葉だったのよ。だってそうでしょう? まさかってことは、それは到底ありえないことなのよ。アーカンソーの片田舎でトムおじさんが宇宙人と握手するくらい、ありえないことだってことなのよ。彼の中では。あたしが、彼に告白をするかもしれない、可能性自体が。
「そうよね。けど、マイクってばモテるから」
「それはないだろ」
「あら、とかいって、この間も7番通りのスタンドで働いてる子に手紙渡されてたじゃない」
「その前は図書館の司書だっけー?」
「もう、やめてくれよ。茶化すのは」
 きゃはは、と甲高い笑い声が、不快で仕方なかったわ。同時にとてもみじめで仕方なかった。本当、あたしってば何でこんなところにいるの? あたし、何しに来たんだっけ? あたしは、もう俯いているしかなくて、両手を強く、強く握りしめて、それは押し込めきれない力のせいで微かに震えていて、唇を噛みしめていたの。あたしの前には彼と、あの女が立っていて、ニックは彼が来るなり早々にどこかへ消えてしまっていて、教卓のあたりからは、あの女のグループの女たちがこっちを見てきていて。
 あたしは、ついにその場から走り出していってしまったの。後ろの方から彼があたしの名前を叫んでくれていたけれど、一切振りかえることもしないで、あたしは逃げ出した。そうすることしかできなかったのよ。悔しかった。あの女たちが憎くて、憎くてたまらなかった。予想はしていたの。だって、彼は最高にイケてるから。だから、女の子たちがいっぱい、彼をとりまいていても不思議ではないって。でもね、実際に彼の周りにいたのは、あんな女たち。まだ耳に残る、甲高い笑い声。馬鹿にするような目。だけど、悔しいけど、みんな綺麗な容姿をしていたわ。ああ、本当にサイアク!

 家に帰るなり、すぐにあたしは、大好きなママに抱きついて泣いたの。悔しくて、悔しくて仕方がないって。ママはあたしの一番の味方。パパやキャシーももちろんそうだけど、ママが一番あたしをわかってくれる。それでいて、あたしの世界の絶対神。それがママ。
「どうしたの?」
「ママ、あたしは世界で誰より一番幸せな女の子よね?」
 あたしがそう尋ねると、ママは当たり前だって言うように頷いてくれたわ。ほら、やっぱり。じゃあ、何であたしはいま、こんなにも悔しいの? 腹立たしいの? あたしは、ママのおなかに顔をうずめて、ぶつけるように尋ねたわ。するとね、ママは優しくあたしの頭を撫でながら、答えてくれたの。
「いい? メリーアン」ママは何か大事なことを言う時、決まってあたしをメリーアンと呼ぶ。あたしはあたしじゃなくて、今この瞬間は、ママの可愛いメリーアン。メリーアンは、ママのこれから発するであろう言葉を、一字一句漏らさぬようにと、耳を澄ませる。
「あなたは世界で誰よりも幸せな女の子よ。けど、始めからそうじゃあないの。そうなれる可能性を、あなたは持っている。そうなることを、許されているの。あなたがあなたの幸せのために行うすべてのことが、既に許されているということなのよ。さあ、もう分かるわね? 世界で誰よりも幸せなメリーアン」
 あたしはゆっくりと、ママから身体を離した。するとママは、あたしの前髪をそっと分けて、露わになった額に優しいキスを落としてくれた。ママのキスは優しくて、ちょっとくすぐったいような気もするけれど、あたしは大好きだった。だからあたしも、ママの頬にキスをしてあげたの。ママは嬉しそうだったわ。
「幸せになるために手段なんて選んでたら、一生かかっても幸せになんてなれないわ」
 全くそうね。マイ・ディアー。

 ある金曜日の夜。
 この日は学校で、パーティーが開かれたの。もちろんあたしも、キャシーと一緒にパーティーに出席したわ。慣れない化粧も頑張ってやってみた。キャシーもあんまり化粧をしない子だから、二人して「難しいね」なんて笑いながら。けど、とっても楽しかったわ。
 あたしとキャシーはパーティーが始まる前から学校に行って、パーティーの飾り付けを手伝った。使うかわからなかったけど、一応パパのサバイバルナイフを持っていったの。それは、パーティーの飾り付け、それ自体には使わなかった(だって大体はカッターナイフで充分事足りる作業だったから)けど、七面鳥のハムを切り分けるのに、包丁を忘れてしまったフレディは、とても感謝してくれたわ。コロバヌサキノツエってやつね。
 パーティーは中庭で行われた。大きな机をいくつも出してきて、白いテーブルクロスをかけて、その上には様々な料理やお菓子なんかが置かれていたわ。地域の人たちが作って持ち寄ってくれたらしいの。あたしはアンおばさんのミートパイが大好きだから、パーティーが始めると真っ先にミートパイを取りに行った。アンおばさんのミートパイは、ブラックペッパーが絶妙に効いていて、本当においしいの! キャシーも大好きだから、二人で美味しいねって言いながら食べた。
パーティーは午後七時から十二時くらいまで続くの。あたしは、最初こそキャシーと一緒にミートパイを食べながらお喋りしていたのだけど、しばらくして彼のことを探したわ。だってこんな素敵なイベントなのよ。彼に会いに行かないで誰に会うって言うの。それに、今日のこの化粧だって、他でもない彼のために頑張ったんだから。雑誌を見たりネットで調べたりして、一生懸命。彼の目に、少しでも可愛く映ればって。そう思って。
 結論から言うと、彼はいた。けど、そのまわりには、やっぱりあの女たちがいたわ。あいつらはこの間よりもセクシーな格好で、彼と腕を組んだりしていたの。おおきな胸を、存分におしつけてね。
 あたしは、意を決して、彼に近づいていった。すると彼はすぐに気付いてくれて「やあ」と手を振ってくれた。
「あら、誰かと思えば、」
「また来たのね」
 あいつらも、疎ましげ、あるいは面白そうにあたしをねめつける。一人が、あたしの顔を指さして笑った。
「その化粧誰にしてもらったの?」
 きゃはは、とあの甲高い笑い声が上がる。そうね、あんたたちのそれと比べたら、不慣れなあたしのメイクはさぞかしユニークなアートに映ることでしょう。それでも彼はあたしを見て、
「自分でやったのかい?」
 あたしはうなずく。
「そう。もしかして初めてなのかな。それにしては結構上手なんじゃない? けど……、そうだね。君は肌が白いから、そんなに鮮やかなルージュより、薄めのピンクの方が合うんじゃないかな」
 そう言って、微笑みかけてくれた。あたしはとっても嬉しかった! とてもじゃないけど言葉で表現しきれないわ、この気持ちは。同時に、感極まって泣いてしまいそうだった。
 ねえ、マイク。今夜のあたしは、少しでも可愛く、あなたの目に映っているかしら? なんて、とても聞けないけれど、彼のその、眩しくて優しい笑顔が、まるで答えのようだった。
 けれど、あいつらは面白くないみたい。彼がそう言ったのを聞くと、あからさまに顔をしかめて、ともすればいきなり立ちあがり、「ちょっとあんた、こっちきなよ」って言って、あたしは腕を掴まれて、そのまま学校の裏に連れて行かれた。
「きゃっ」
 真っ暗な学校の裏手。そこにつくなり、あたしは突き飛ばされてしまって、かたくつめたいコンクリートの地面にお尻を打ってしまった。
「あんたさ、調子に乗らない方がいいよ」
「あんたみたいなブスが、マイクと付き合えるなんて思ってんの? だとしたら相当イッてるね」
 あいつらは口々にあたしを罵り、また耳障りな笑い声を立てる。黒板をひっかくようなあの音の方が、まだ心地いいかもしれない。それくらい、嫌な笑い声だわ。
 あたしを見下ろし、足蹴にし、綺麗な顔面を歪めるあいつらを見上げる。あいつらは確かに、あたしと比べればずっとずっと綺麗よ。背も高いしセクシーだし、オシャレだしメイクだって上手。だけどね、あたしは口に出さずに笑っていたわ。
ねえ、今のあんたたち、最高に笑えるよ?
「何こいつ。キモい」
 どうやら自然と笑みがこぼれていたみたいで、それを見た一人が、不服そうに言う。あたしの腹を蹴る。さっき食べたミートパイがこみ上げてきて、あたしは思わず口元をおさえた。寸前でこらえたけれど、次蹴られたら、次はもう我慢できそうにないかも。いっそこいつらの顔面にぶちまけてやればすっきりするかなって思うけど、あたしはレディだから、そんなお下品な真似はね、流石にしない。でしょう? ママ。レディはいつだって、お上品でありなさいって、よく言うものね。だからあたし、耐えたわ。
「マイクに目をつけなきゃ、こんなことにはならなかったのにね」
「不幸な子」
 その時。グループの誰が言ったか知らないけれど、そんな言葉が聞こえたの。聞き間違いなんかじゃなかった。一字一句、間違いない。あいつらはあたしを、不幸、そう言ったの。今。不幸、それは幸せじゃないということ。あたしは、幸せじゃない。
 途端にあたしはおかしくなって、もう我慢することなく声をあげて笑ったわ。あはははは! だってあんたたち、最高におかしいもの! いきなり笑い出したあたしを見て、あいつらはなにか、得体のしれないものでも見ているみたいに、顔を歪めたわ。あはは。ねえ、もしかしてわからないの?
「あたしは、世界で誰よりも幸せな女の子なのよ。そうなることを、許されているの」
「はあ? 何言ってんの」
「自分の状況わかってないんじゃない?」

「ええ、そうね。マイ・ディアー。あたしは神の思し召し通り、幸せにならなくちゃあいけないわ。うふふ。幸せになるためには? 彼も必要ね。そう、マイク。彼はいなくてはならない存在だわ。なんてったって、あたしの運命の人だもの。けど、彼のまわりにはこいつらがまとわりついている。このままじゃあ、彼はあたしの方を見てくれないわ。じゃあどうすればいい? うふふ。簡単なことじゃない、メリーアン。マイ・ディアーは言っていたわ。幸せになるために、その全てを、あたしは許されているって」

 さっきまで感じていた鈍痛とか、だるさとか、重みとか、何もかもがどこかへ吹き飛んでいってしまったみたいに、あたしの身体は軽かった。ふわりと、羽根みたいな足で、冷たいコンクリートの上に立つ。あいつらは、どうしたことか目を見開いて、口を大きく開けていて、まるでモンスターでも見ているみたいだった。
あたしは、真っ赤なルージュのポシェットからあれを取り出して、振り上げた。あいつらは声をあげてその場から逃げだそうとしたわ。でもね、そんなことは許されちゃあいないの。許されているのは、あたしが幸せになるために必要なことだけなのよ。でしょう?
「ねえ、その長い脚があれば、マイクは振り向いてくれるかしら?」
 最初は、プリーツのミニスカートから伸びた、白くて長い、細い脚。
「ねえ、その胸があれば、マイクは喜ぶの?」
 次に、ブロックチェックの、スピンドルデザインがかわいいビスチェから、溢れんばかりの胸。
「ねえ、そのフェイスがあれば、マイクはあたしをずっと見てくれる?」
 まるで七面鳥のハムを切り分けるように。頭が割れるようなヒステリックなハイトーン。でも、パーティーを盛り上げるために大音量で夜を飾る最高にハイなダンスチューンにはかなわない。

 パーティー会場に戻ると、マイクはニックと、それからあと数人の友達と一緒にダンスを踊っていたわ。けど、あたしを見かけると、すぐに駆け寄ってきて、
「大丈夫かい? 彼女たちに何かされた?」
「何もされなかったわ。あの子たちはあたしに、幸せになるための方法を教えてくれたの」
 彼はよくわかっていないようだった。それもそうよ。女の子は、好きな人に気付かれないように、努力する生き物なの。だって、灰かぶり姫は王子様の前で魔法になんてかかっていないでしょう?
「あれ? 君、なんだか変わった?」
 彼はあたしを見て、小首を傾げた。あたしは、そうかしら、なんてとぼけてみせたけど、うふふ。心の中では嬉しくて仕方がない。
「うるさい七面鳥を、ハムにしてきただけよ」


──後日。
「まず、最初のニュースです。今朝未明、アラバマ・ジャクソンビル市のジャクソンビル州立大学付属スクールの付近で生徒と思われる女性複数が遺体で発見されました。遺体の状態は極めてひどく、身元の判別は困難とのこと──」


Thank you for reading.