ニシヘヒガシヘ

それぞれの状況
くすくす笑いが納まったところで、


「なあなあ、姫子はさ、なんで俺らが妖怪だってわかったんだ?」

右隣から声をかけられた。
悟空が私の顔を覗きこむ。

確かに、見た目が人間と変わらない彼らを妖怪だと見抜くことは疑問に思うだろう。

あんまり会ったばっかの人にこういうこと言うと、あからさまに避けられたりするんだよね…。
まあ、この人たちはそんなの気にしないんだろうけれど。

だから私は正直に言う。



「気配が人間とは違った。こういうと胡散臭いと思うと思うんだけど…私、霊視ができるんだ…」

「霊視ができるだぁ?」

三蔵が後ろを向いた。
顔に「なんだそりゃ」と書いてある。


「貴様、霊が見えるのか」

私はこくりと頷いた。


「え、姫子幽霊見えんの!?」

悟空がワクワクした顔で身を乗り出してきた。

「うん。見えるだけじゃなくて浄霊したり除霊することもできるよ」

「ジョウレイ?ジョレイ?」

「霊に語りかけてこの世のわだかまりをとってあげて成仏させるのが浄霊。経文とかで強制成仏させるのが除霊」

私の説明に悟空はふーんと納得する。


「幽霊なんているわけねーだろ。迷信だ、迷信」

小馬鹿にしたように悟浄がハハッとあしらった。


「いやさ、そういう人もいるけどさ、見えるんだからしょうがないじゃん…。それより、私にとっては妖怪がいることのほうが迷信だって感覚だよ」

「どういうことだ?」

と三蔵。
その目つきが鋭くなったのは気のせいではないだろう…。


「私の世界には妖怪はいないんだ」

「妖怪が、いない…?」

「うん。それこそ、迷信というか伝説っていうか…。
それに文献にあるとしても、みんなみたいに人間と全く同じ生活様式ってわけでもない」

「全く別な存在というコトか」

「そう。私の世界の妖怪は人間の感情が生み出したと言われている。夕刻の自分の影に対する恐怖が妖怪になり、人の影を踏んで人間の動きを奪う能力を持ったり」

「ふぇーこええーっ」

悟空が恐怖の表情を浮かべ自身の肩を抱いた。
ホント、みくると変わんないフツーの男の子ってカンジ……。

「でもこっちの妖怪も人間とはちょっと違うよね。耳が尖ってたり文様が入ってたり。
けど、三人は人間と同じ姿かたちに見える。それは何で?」

「それはですねえ、これですよ」

八戒は右手だけにハンドルを預け、左指で耳の軟骨を示した。


「そのピアスに仕掛けが?」

「妖力制御装置って言うんですよ」

「へぇーっ」


なるほど。


「じゃソレ外したら妖怪になる?」

「そういうことになります」

「八戒、わかってるとは思うが、不用意に外すなよ」

三蔵の言葉を受け、八戒が「ええ」と返した。
どこか重苦しい口調だった。


「…何かあんの?」

「今、牛魔王蘇生実験のせいで負の波動が蔓延している。妖力を解放するほど影響を受けやすくなるだろう」 

「負のハドー?何すかそれ。波動拳的な何か?」

「貴様の脳みそは既に侵食されてるようだな」

「はっどーぅけぇーっん!!」

「がはぁっ!!」

私は拳を硬く握り、三蔵の背中に満身の力を込めて入れてやった。


「何しやがんだ馬鹿女!」

「馬鹿女じゃありませんーリュウですぅー」

「おもしぇー!何だそれ!俺もやりてえ!!」


悟空が新しいオモチャを見つけた子供のように悟浄に向かって拳を伸ばした。
…悟空の妖力制御装置は額に嵌まってるヤツかなあ。


「おわっ!俺に向けんな馬鹿猿!」


悟空の勢いづいた腕の動きをヒラリと避ける悟浄。

あれ、そういえば悟浄の妖力制御装置ってどれなんだろう?
体の一部分に嵌まっているモノが見当たらない。
それとも髪の毛で隠れてるだけで八戒みたいに耳にピアスを付けてるのか?
悟浄は長い髪を降ろしているので、両耳が隠れている。



「にぎやかですね〜」

ははっと八戒がにこやかに言う。

あ、ていうか、


「で?で?何その負の波動って?」

「チッ。八戒、説明してやれ」

「はいはい。姫子さん、牛魔王蘇生実験のことは聞きました?」

「うん。それに聖天経文が使われてるんでしょ?」

「可能性があるということですがね。
それでですね、その蘇生実験は妖怪の自我を失わせる波動が放出されているようなんですよ」

「自我を失わせる…」

「ええ。ここ桃源郷は妖怪と人間が共存する国ですが、その波動のせいで人間を襲う狂暴化した妖怪になってしまうわけです。
おまけに言葉も通じなくなる。まるで獣のようにね」

「へぇー」


私が砂漠や金山寺を下山するときに襲われた妖怪たちは、言葉まで通じないなんてことは無かったけどなぁ…。


「じゃ、その負の波動をどうにかするのが、この旅の真の目的?」

「そうだ」


と三蔵が締めた。



「っていうかさ、牛魔王蘇生実験とか、すんごい迷惑だねソレ…。どこのバカだよ、んなことやってんの…」

「さあな。牛魔王の関係者であることは確かだろうが」

「蘇生実験ってことは牛魔王は一回死んでるってコト?」

「ええ。500年前に闘神ナタク太子に封印されたと言われています」

「闘神、か……」


まあ、妖怪が普通にいるわけだし?
神様がいても、やっぱおかしくないの、か…?


そんな私の心中を見透かしたかのように三蔵が口を開いた。


「誰も見たわけじゃねえよ。闘神なんて、それこそ伝説だろうが」

「いやいや、いるって闘神」

「この世界に来たばっかのお前が言うか?」

「だって不思議な国じゃん、ここ。霊符からは火とか出せるし」

「あちらの世界ではできないんですか?」

「うん。札はお守りみたいなもので、何かを具象化することは妖怪と同じように文献の中の話だと思ってた」

「つうかよ、姫子ってオカルトマニア?」


マニア……。


「マニアって何!マニアって!職業なんだから詳しくなるでしょ自然と!!」

「姫子、お前モテねーだろ」


三蔵が聞き捨てならないセリフを言う。

ぬあーっ…。


「ちょっと、どーいう意味だそれコラ!!」

「だってブラコンで心霊オタクですもんねえ」

「モテなさそー」

キャハハっと悟空が笑い声をあげた。


「うるせーよテメーら!しょっォォりゅうけェェんんん!!!」

「でえっ!やったなあ!!」

「オイ猿!だからこっちに当てんじゃねえ!」

「静かにしろてめえらあ!!」

「ああっ、暴れないでください!」


ガタァン!と大きく揺れる車体。

そして、その向こうは崖で…。
八戒はハンドルを切りそこない……

「「「「「うわあああああーーーっ!!」」」」」


真っ逆さまにジープは川の流れる崖底へと落ちて行った。

そして悟浄の髪が広がり、両耳が見えたけれど、ピアスもカフスもないし、尖ってもいない耳だった……。


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