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「側近の命と、学園の奇襲計画の破棄を交換条件にしても良いだろう?
そうすれば見取り図を覚えている人間まで殺す必要もなくなる。
何でもかんでも殺せばいいってモノじゃない」

と利吉が年長者らしく言い含めるようにミツへ言った。

ミツは口をつぐんで、じっと利吉を見つめた。


(…山田先生と似てないな)


顔は勿論のことだが……



「利吉さん、なぜここへ?」

仙蔵が出し抜けに尋ねる。

利吉は、ああ、と今思い出したかのように、


「ほら、差し入れだよ」


パサリと仙蔵に折りたたんだ紙を投げてよこす。

仙蔵がそれを開き、文次郎と中在家が覗き込めば、


「これは、」

「カラスタケ城の見取り図…ボソボソ」


ぐるちと取り囲まれた堀の用水路が城のどこへ繋がっているのかだとか、天守閣へのルートだとかが事細かに書き込まれている。


利吉は、こくりと頷き、


「以前ここに潜入したときに使ったものだよ。何かの役に立てればと思ってね」

「わあ、ありがとうござます」

伊作が明るく素直に礼を言う。

そう、“明るく素直に”。

伊作はこのメンバーの中で唯一この長所を持つ人間だ。

伊作の朗らかさを感じるのか、利吉は、気にするなというように片手を小さく上げて答えた。


そんな和やかともいえる雰囲気に水を差すように、


「アンタが利吉さんか」


利吉はミツに向き直った。

「ああ。君が月ヶ谷ミツちゃんだね。父や土井先生から噂はかねがね聞いているよ」

「私も聞いてますよ、利吉さんのこと。なんでも十八歳にして売れっ子のプロ忍者だとか」

「いやあ、そんな言われるほどでもないよ」

と利吉は照れたように頭を掻くが、次の瞬間に緩みかけた頬にピシリとヒビが入る。


「で、アンタの任務って暗殺は入らないの?」


(暗殺……)

利吉は表情を硬くして、


「そうだね、敢えての人殺しはしない主義だ」

「じゃあ何してんの?」

「敵陣の軍事力や城どうしの密約の調査などさ」

「なんだ、パシリじゃん」


ビキィィっと利吉が石化した。


「おいミツお前、利吉さんに何て失礼なことを!」

文次郎が鼻息荒く叫んだ。


ミツはふんと鼻を鳴らし、


「何にせよ、学園に潜入した忍者は始末しなきゃならない。でないと、その人間がまた別の城に見取り図を売るかもしれないからね。それを、殺すな、だなんて。
甘いんだよ」


「で、でも、何も殺すことないじゃないか!
ちゃんと誓約をかわせば、カラスタケ城も、その忍者も分かってくれるさ」


伊作の抗議がやっと表へと出た。

両手を握り訴える伊作にミツは深いため息をついた。


「誓約なんて所詮はただの紙に過ぎないんだよ。
昨日盟約をかわした城が今日の敵だなんて今のご時世当たり前なんだ。
それに伊作、昨日の一件でわかっただろう?
忍者なんて、だまくらかし合いが仕事なの。
そんな種類の人間に一体なんの誓約が通用する?」




(…昨日の一件?)

気を持ち直した利吉が一番近い位置にいた仙蔵に尋ねる。

仙蔵は顔をしかめながら、昨夜一人のカラスタケ忍者に野宿しているところを見つかったことを伝えた。


「でも今君たちがここにいるということは無事に済んだということだろう?」

利吉の問いに誰もが目を背けた。


ただ、ミツだけが、


「無事に済むわけないだろう。プロに素人のこいつらが襲われて」


素人呼ばわりされ仙蔵は腸が煮えるような思いだったが、伊作や文次郎が項垂れているのを見て、ぐっとこらえた。


(文次郎を助けられなかった私が何か主張する権利はないか…)



利吉はミツの経歴を伝え聞いていたので、彼女が四人とは実力の程度が違うと知りつつも、



「素人って…忍術学園の六年生は半分実践忍者のようなものじゃないか」

四人をフォローする。

ミツは馬鹿らしいと心底思いながらも、

「こいつらが殺されかけた。だから私が殺した」

一瞬の沈黙…。

利吉は間々あって、


「君が、そのカラスタケ忍者を…殺したというのか?」

にわかには信じがたいという口調。


ミツはとうとう痺れを切らした。


「だから、アンタも忍者を仕事としてるなら、わかるだろう!
敵を葬らなきゃならない時もあるんだ、任務のために。
その覚悟なくして何が忍者だよ」


利吉の胸に何か重い物が圧し掛かった。
何か言い返そうにも、その喉をついて言葉が出てくる気配もない。


ミツは、そんな利吉の心中を知ってか知らずか、一息に続ける。


「いいか、私が学園の見取り図を記憶している忍者を始末する。だから、あとのお前らは紙の方の見取り図を何とかしろ」

「えぇ?じゃあ、ミツちゃん一人と、あとの僕ら四人の組に分かれるの?」

伊作が驚いた風に聞き返す。

ミツは腕を組み、

「さすがにそれだとバランスが悪い。お前ら四人、二人ずつに分かれて欲しい。私の方にくる組と、この男と一緒に紙を燃やす組だ」


(…この男)

文次郎の視線は、自然、この男呼ばわりされた利吉へと向く。

そして得も言われぬ表情の利吉と視線がかち合った。

利吉は土井のようにミツの教育的立場でもないのだから、彼女の不躾な物言いにもなんのいましめも施せないのだろう。おまけに彼の育ちの良さが、失礼な小娘といえど女性に対し強い物言いをするのを押しとどめさせている。
とはいえ、こんな言い方をされても利吉がミツに複雑な表情を浮かべるだけに留まっている一番の理由は、彼女が任務遂行のためには殺人も厭わないということを知ったからなのだが…。


(彼女はウシミツドキ抱えの忍者一家だったらしいが、私だって忍者の家系に生まれた身だ、実力は違わぬはずなのに……)



(―――なぜ、こんなにも壁を感じるのか…)


主義として任務ですら人を殺めない利吉と、
人を殺めることを生業としていたとすら言っていいミツ。

二人が共に一流に属する忍者であることに違いはないが、両者のスタンスや流儀には深い溝があった。



しかし忍たまの四人に、それがはっきりと解せるわけもなく。


文次郎は、


(昨夜命を拾われた俺たちならまだ知らず、利吉さんがこの女に顎で使われるいわれなどあろうものか…)

と思うのだった。

利吉は文次郎の視線を受け止めつつ、口を開く。


「元より君たちの助っ人として学園長に頼まれてここに来たんだ。君がそういう作戦を提示するなら私はそれに乗るよ」

「…利吉さん、良いんですか?」

伊作は“良い”に様々な条件を付して尋ねていた。
自分たちが手伝ってもらって良いのか、年下のミツの作戦で良いのか…。


利吉は微笑んで、


「私も君たちのメンバーの一人だったら、彼女と全く同じ発案をしたさ」

それは全くの本心であった。


利吉の同意を得ると、心なしか仙蔵の雰囲気も緩んだようだ。


だがそれも、


「ここでグズグズしていても始まらない。早くチーム分けしてくれ」


のミツの一言で、再び苛立ちを含んだようだが。


チームワーク抜群とは、お世辞にも言えない四人の忍たまと一人のくのいち。そして、そこに新たに加わった売れっ子フリー忍者。

(この六人で本当に学園の危機が救えるのかなぁ……)

一人不安を苦笑で紛らわす伊作だった。






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