03


教師である半助の口を手で制したミツ。

上下関係を全く無視した、その所作。


彼女にもう我慢ならないというように


「お前なあ、」


作法委員長、立花仙蔵がミツを睨み付けた。


ミツは笑顔をやめ、何の表情も浮かべずに仙蔵を見つめ返す。

仙蔵にしてみれば、ますます怒りを掻き立てられるのである。


何せ、彼のプライドは、そう低くはない。


自分がこれほど感情を高めているというのに、当の相手はまるで意に介せず。

自分だけ心を乱されているなどプライドが許さない。

仙蔵の目から見えない火花が散る。




「まあまあ」



半助はミツの手首を掴み己の口を自由にしてから言った。
日頃、問題児を集結させたは組をまとめているだけあって、
両者を宥めようとするその口調は、どこか、こなれている。




「仙蔵、ミツはまだ学園に馴染めていないものでな。その、何というか、森で育てられていきなり人間界に来てしまった野生児とでもいうか」


「何ちゅう例えですか!」


ミツが突っ込んだところで、


コロリ


一つの砲弾が、どこからか投げ込まれた。
導火線には鮮やかな赤い炎が点いていた。

げえ、と一同が腰を浮かしかけるが、時既に遅し。
爆発音と共に室内が煙で充満した。


視界が灰色の煙幕で塗りつぶされ、容赦なく瞳と喉の水分を奪う。




「学園長、もうその登場の仕方やめてくれませんか」

半助が咳き込みながら視線をやる先には、



「ほぉほぉほぉ」

楽しげに笑う大川平次渦正こと学園長。
こうやって派手な演出をするのが、この老人の楽しみである。
隣には、癖なのか前足で鼻面を押さえ、「へむへむ」と独特に笑っている、学園長の相棒ヘムヘム。


生徒たちは、はた迷惑そうに乱れた姿勢を正した。



学園長とヘムヘムは上座につくと、


「忍たまの諸君、よくぞ集まってくれた。
諸君らを呼んだのは、他でもない・・・」


学園長は勿体ぶらせるように、言葉を詰まらせ、口を鳴らした。


そして、



「何だっけえ?」


がくーっと一同の力が抜ける。


半助は、わなわなと両手を握り締め、


「学園長!カラスタケ城の!」

「ああ、そうじゃった、そうじゃった。半助、代わりに説明を頼む」


若いときは天才と言われた男も、年を取っては物忘れが著しいのは凡人と変わりなく。
会合の進行が滞ることを見越して、半助もまた、この場に呼ばれたのであった。


半助は学園長のボケっぷりに呆れつつも、
こちらに視線を向けてくる生徒を真っ直ぐに見返す。


「実はな、この忍術学園の見取り図がカラスタケ城の手に渡ってしまったんだ」


「それって、なんだかもの凄くマズいのでは」

と不安げな声をあげる伊作。


半助は頷き、


「ものすごーく、マズい。どうやらカラスタケ城は、忍術学園に総攻撃を仕掛けてくるらしい」

「それを事前に止めさせるのが、今回の我々に与えられた任務というわけですな!」

目を爛々に輝かせ、懐の手裏剣も取り出さんばかりで潮江が、片膝を立て半身を乗り出した。


「そういうことだ」



ようやく、ここに集められた理由が判明した。


自分たちの学園を潰そうとしている組織に、逆に奇襲をかけるだなんて、これほどのスリル、あるだろうか。


仙蔵は背筋をぞくりと奮わせた。


なぜ自分たちが、今ここにいるのか。
その理由は明確になった。
さが、新たな疑問が生じる。



「しかし、なぜ忍術学園がカラスタケ城に?
そもそも、なぜ、その計画が私たちの知るところとなったのでしょうか?」

「優秀な忍者を集めるためらしい。他の城に取られる前に、自分たちの懐に抱いてしまおうということなのだろう。
この話を、たまたまカラスタケ城に忍び込んでいた利吉君が聞いてしまったんだ」



山田利吉。

忍術学園の生徒なら、たびたび学園に訪れ、野外活動で時に鉢合わせる山田伝蔵の息子を知らぬ者はいない。


そうだったのか、と男子生徒は納得する。

いつかはああなりたい、と利吉は彼らの目標を具現化したような青年である。




「利吉?誰ですか?」



一名を除いて。



今しがた初めて聞いた名前を呼び捨てる、彼女の不躾さ。

半助は、彼女のこういう部分には慣れてしまったし、彼女なら許されても仕方ないかもしれない、とどこか甘やかす節もある。


だから、は組の子供たちに言うような声音で、


「利吉君は山田先生のご子息だよ」

「へー、じゃあ女装が趣味なんですか」

「それはない」

半助は利吉の名誉のためにも、彼女の問を瞬時に遮った。


「ところで、なぜ学園の見取り図がカラスタケ城に渡ってしまったんですか」

伊作が兼ねてからの疑問を口にした。


「それはじゃな…」

学園長が重い口を開く。


ゴクリ、と生徒たちは唾を飲んだ。



「小松田君が見せてしまったからじゃ!」



がくーっと二度目の転倒。



「小松田って、あのボケた事務員ですよね?」


額に手を当てるミツ。

ボケた事務員、今度ばかりは事実なので、半助も否定しようがない。



「やってきた怪しい人物に小松田君が見取り図を見せてしまったと利吉君の話を聞いた後、発覚したのじゃ」



記憶力の飛びぬけてよい刺客を寄越したのだろう。




『あぁ〜、そういえば、見取り図、見せちゃいましたぁ〜』


そんな風に、のほほんと頭をかく小松田が、伊作には、ありありと思い描けた。



だが、学園一忍者している、この男の士気を下げることはできなかった。



「小松田さんのドジが発端であれ、オレたちに学園の命運が託されたことに変わりはなーい!ギンギンにカラスタケ城から見取り図を奪い返してこようではないか!」


とうとう潮江が立ち上がった。



そんな潮江とは対照的に、ミツは、ぼそりとあくび交じりに一言。


「めんどくせー」


ぴくり、と潮江の眉間に皺が寄る。


「おい、何だその態度は!」


びしり、と潮江はミツに人差し指を向けた。


ミツは心底嫌そうに口を曲げると、


「ええ、じゃあ、こいつはどうなのよ?」



彼女の視線の先には学園一無口な男、中在家長次。


中在家は、その上下を糊で張り合わせたかのように口を閉ざしたまま、下を向いていた。



「長次は常にこうなんだよ!饅頭が旨くても無口!一年坊主の宿題が間違って出されても黙々と取り組む!これから待つ任務に血湧き肉躍らせていても下を向く!それが中在家長次という男だああ!!」



「そうなの?」

ミツは伊作に答えを求めた。


「うん。だから逆に笑ったときは気をつけた方がいい」


「ともかくじゃ!」

学園長が、大声を出し、一同がびくりと彼に着目した。

老人の大声は、なぜか威厳があるから不思議だ。



「今回の任務は大変に危険じゃ。殺される前に相手を殺す。その覚悟が、お前たちにあるか?」




殺される前に、殺す。


戦国の世にとっては、茶飯事であるはずの、殺生。




その言葉は、まだ若い忍たま達に、どしりと重くのしかかった。

















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