01


その日、学園長の庵に五人の生徒が集められた。

六年い組
潮江文次郎、立花仙蔵

六年ろ組
中在家長次

六年は組
善法寺伊作



そして、くの一教室の月ヶ谷ミツ。


その顔は笑顔でもないが、とりわけ無表情というわけでもない
気だるげで締まりのない、寝起きのような顔だった。

半開きの目で、ぼーっと畳の目と睨めっこしている。
寝まい寝まいと己と格闘しているようだ。

学園長はまだやってきておらず、ヘムヘムもいない。五人の生徒だけが、獅子落としの音を聞きながら正座していた。


潮江を始め四人の男子生徒たちは、一人女子として参加している彼女が気になって仕方ない。
それは思春期だから女子が気になるとか、そういう類のものではなく、



「あんな奴、くの一教室にいたか?」

潮江は隣に座っていた伊作に耳打ちした。


「さあ、僕も初めて見た。転入生かな」

「転入生で、いきなり今日ここへ来るか?」

こう言ったのは仙蔵だ。
今日ここへ集めさせられたのには訳がある。
学園長から直々の依頼だ。それも忍びとしての。

四人は水面下で文を受け取り、この日時に学園長室へ来るよう命じられていたのだった。



誰にも言わず、誰にも見つからぬように。
これは忍びの仕事であるからして。



そのように綴ってあった。

潮江は誰にも言わず、とあるにもかからわず自分の日ごろの鍛錬が学園長に認められたのだと舞い上がり、同室の仙蔵に早速、話してしまった。


すると、仙蔵から一言。


「私にも全く同じ文がきたぞ」


自分だけではなかったのかと肩を落とした。



中在家は元来、無表情な男であるから、潮江のような失態は犯さず、誰にも見つからず、ひっそりとこの庵を訪れた。


この中で一番、気を張っていたのは善法寺伊作だろう。

伊作は、そんな大それたことが自分に回って来て良いものか、食満に変わってもらおうか、いやいや、誰にも言わずと書いてあるではないか・・・とグルグル考え込んでしまっていたのだが、学園長室の襖を開け三人がいることを確認し、心底胸を撫で下ろしたのだった。



そこへ入ってきたのが月ヶ谷ミツだった。



「こんちわー」


間の抜けた声。



「「こ、こんちわー・・・」」


潮江と伊作は、急に入ってきたこの少女にぎくりとしながら思わず挨拶を返した。
中在家は、ぼそぼそと口の中で何か言っていたが、おそらく二人と同様のことを言っていたのだろう。

ただ、仙蔵だけがしかめツラを浮かべ、視線をやっただけだった。

そんな仙蔵を気にするでも、四人に話しかけるでもなく、彼女はのっそりと座布団に細い腰を降ろすと、畳と睨めっこをし始めた。
明らかに眠そうである。
寝不足の証拠に、彼女の目元には、潮江ほど濃くは無いが薄っすらと隈がある。




「なんだか眠そうだね」

伊作は手で口元を覆いながら小声で言う。保健委員の性分ゆえか、彼女の健康状態に言及した。


「ああ。学園長室だってのに、よくあんな態度がとれるものだ。それより、」


潮江は一度言葉を区切り、


「あんな奴、くの一教室にいたか?」

六年も学園にいれば、生徒の情報など嫌でも耳に入ってくるし、くの一教室の者であろうと、校庭や食堂で姿を見かけるものである。

だが、この月ヶ谷という少女には、とんと見覚えがないのであった。


「さあ、僕も初めて見た。転入生かな」

伊作も首を傾げた。


「転入生で、いきなり今日ここへ来るか?」

仙蔵は眉をきゅうと寄せ、不機嫌そうに言う。


「仙蔵、なんか機嫌悪くない?」

「お前くの一が嫌いだったか?」

伊作と潮江がこう言えば、


「機嫌は悪い。しかしそれは女が嫌いという理由じゃないさ。
自分より忍術に秀でている可能性のある者が嫌いなのだ」

「この子が?」

伊作は、今や完全に目を閉じ、上半身で船を漕ぎ出している彼女を見た。
こんな緊張感のない娘が、学園一と評される忍たまの仙蔵に勝っているものなど、あるのだろうか。


「忍術じゃなくて、髪質の間違いじゃないのか」

と潮江。
確かにミツの茶色がかった、頭巾からはみ出ている髪は艶やかに日光を反射している。触ったら、さぞかしすべらかだろう、などと伊作も思う。


「馬鹿。この女がこの部屋に入って来た時のことを思い出してみろ」

「・・・?」

潮江と伊作は解せぬ風である。



「ぼそぼそ・・・」

中在家は小さな声で、

「足音も襖を開ける音もしなかった」

と言った。



「あっ」


潮江と伊作は顔を見合わせた。


そうだ。自分たちは、なぜ、あれほどぎくっとしたのだろう。

いきなり、降って湧いたように彼女が現れたからではなかったか。

その後の彼女の様子が、あまりに無防備で、そんなこと忘れてしまっていた。



「この俺たちに完全に気配を気づかれないとは」

「我々の、この小声での会話も聞いているかもしれん」

「まさか。狸寝入りだってこと?」


三人は、ちらり、と目だけでミツを見た。

ぐうぐうと鼻ちょうちんまで膨らませている。


「あれで?」

伊作は顔を引きつらせている。
女子なのに、あそこまで開けっぴろげに寝入っているミツに若干引いているらしかった。


「鼻まで出ているぞ。女なのに」

潮江も伊作と同感のようだ。

「真の忍びとは相手を欺くために、どんなことでもやってのけるものだ」

仙蔵が冷静に言ったとき、


「お、みんな集まっているな」

すーと襖が開いて土井半助が入ってきた。


と、半助はミツが目に入ると、



「こおらミツ! いい加減どこでも寝るその癖を直さんか!!」

がつん、とミツに拳骨を落とした。

「あだーっ!!」


ミツが頭を抑えながら、涙目で、ようやく眠りから覚めた。



「ど、土井せんせえ・・・いつのまに居らしてたんですか・・・」

「たった今だ」

「あー何か入ってきたってのは夢うつつに気づいたんですけど、土井先生だったんですねー。
いやあ、あんまり邪気がないもんですからヘムヘムかと思いましたよ」


があん、と二つ目のこぶがミツの頭にできた。


「痛いじゃないすか!せめて別なとこにやってくださいよ!!」

涙声で抗議するミツだが、


「お前はいつになったら自覚できるんだ!ここは学園なんだぞ。規律があり、それを乱す者は許されん」


「あー、へいへい」



その横柄、唯我独尊、マイペースな態度に土井は怒りを抑えるため、歯をギリギリ軋ませた。


土井の物凄い形相にビビりながらも、



「あの、先生、彼女は…?」


おずおずと口を開く伊作。


「ああ、何だお前たち初対面か。そうだよな、三ヶ月前に編入してきたばかりだから」


「編入生なのか?」


潮江の問いに、こくり、と彼女は頷いた。




「月ヶ谷ミツです。よろしく」



相変わらずの半開きの目でミツは言った。






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