くろちゃん!3

くろちゃん!3

それからの一ヶ月はなんとも幸せなものだった。族長であるテサンのお父さんから黒豹族が集まる会議で僕のことを紹介してもらって、みんなから熱い歓迎を受けた。黒豹族は見知らぬ俺にも優しくて、すぐに馴染むことができた。テサンの兄弟たちの他にもたくさん友達ができて、一緒に狩りにいったら初めて兎を獲ることができた。暖かい暖炉のある家で、美味しいご飯を食べて、分厚い布団に包まって眠る。

そんな日々を送っていてもたまに怖い夢を見ることがある。黄色と黒の鮮やかな模様をもつ何かが、僕を追いかけてくる。その夢を見ると、僕はいつもうなされて枕は涙でぐっしょり濡れてしまっている。そんな僕の声を聞いてすぐにテサンは僕の部屋に走ってきてくれる。怖い夢を見た、と言うと優しく頭を撫でて、その日は一緒に眠ってくれる。僕が眠るまで、ずっと僕の手をぎゅっと掴んでいてくれる。それをしてくれると、僕は安心して眠ることができた。
「てさん…だいすき…」
眠りに落ちる直前に、感謝を込めてつぶやく。テサンの反応を見る前に、僕は幸せな夢の世界へと旅立っていた。



「ま、まよった…」
いつものように今日も友達とみんなで狩りに出た。だが、途中で大きなものが動くのを見た僕は、みんなに知らせるのも忘れて一人でそれを夢中になって追いかけた。結局その獲物にも逃げられて、知らないところまで来ていた。普段の狩りのコースじゃない、でもなんだか何処かで見たことがあるような気もした。帰り道もわからずに途方にくれたままトボトボと歩いていると、川を見つけた。これは、黒豹族の集落にも通ってる川だ。多分、この川を上流へと辿って行けば戻れるはず!そう思って駆け出そうとした時、
「っ!おい!お前!!!!」
後ろから誰かに大きな声で呼び止められて不意に振り返る。そこにいたのは、過去にも、そして今も夢の中で僕に恐怖を与え続ける存在、シハだった。何処かで見た気がしたと思えば、ここは僕がよく狩りに来ていた場所だった。僕は、ここでテサンに出会ったんだった。だいぶ遠くまで走ってきてしまってたんだな、なんて考えていると急に肩をがっと掴まれる。

「っっ、お前、今までどこに行ってたんだよ!一ヶ月も姿を見せないで!」
切羽詰まったような顔でまくしたてられ、僕はわけが分からなくなる。でもその怒鳴るような声色に、過去のいじめられた経験が思い出され、僕は何も言えなくなって縮こまってしまう。
「っっ!なんとか言えよ!」
どんっと強く押され、後ろに尻餅をつく。また、昔みたいにいじめられる…そう思うと怖くなって、そのままシハに背を向けて一心不乱に走り出した。
「っおい!待て!!!」
シハも全力で追いかけてくる。もともと体格も運動能力も圧倒的に差があるのだ、追いつかれないはずがない。捕まったらまた昔の暮らしに逆戻りだと思うと、どうしても捕まるわけにはいかなかった。
だが、後ろに気を取られすぎて、前方に注意を払うのを怠っていた。
「っうわっ」
突然大きな壁にぶつかったかと思うと、そのまま抱きかかえられ、身動きが取れなくなってしまった。
「久しぶりですね」
冷たい声で顔を見ずとも誰か分かってしまった。シハといつも行動を共にする、カイルだ。容姿端麗で、次期族長、副族長になると言われるこの2人は村じゅうの人気者だ。だが、実質的に俺を中心となっていじめていたのはこの2人だった。狡猾で画策の得意なカイルが計画を立て、凛々しくて発言力のあるシハがみんなに俺をいじめるよう誘導していた。俺がいじめられている姿を見て、2人していつも楽しそうに笑っていた。それが何よりも怖かった。2人が笑っているときは、大抵そのあと何か恐ろしいことが起こった。何かが起こると分かっていても、誰に助けを求めることもできない。僕は、虎族の中では孤独だったから。

そんな2人に前と後ろから囲まれ、僕は身動きが取れなくなってしまった。カイルは俺を抱きかかえたまま離すつもりもないらしい。
「今までどこでなにしていたんですか。」
聞き覚えのある冷え切った声が耳に響く。最近は忘れていた感情だったが、これが恐怖というものだった。幸せに満ちていた心がだんだん閉ざされていくのが分かった。毎日笑顔を絶やすことのなかった一ヶ月だったが、本当に短かったな…。そう思いながらだんだんと昔のように自分の殻に閉じこもる。無意識のうちに、昔ずっと付けていた無表情の仮面が現れたようだった。顔は膠着して、固まったまま動かなかった。
「っち、まただんまりかよ」
シハが大きく舌打ちをするが、もう何も聞こえなくなった気がした。

「…とりあえず、事情はあとで聴きましょう。一ヶ月サバイバルをしていたんなら憔悴してて当然です。まずは、村に帰りますよ。」
一ヶ月ぶりの、虎族の村。最後に、テサンたちにお別れがいいたかった。感謝の言葉もまだ伝え切れていない。でも、もう僕に選択の余地などない。また、地獄の始まりなんだから。


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