温泉旅行

「温泉旅行にいく」
組長が突然そんなことを言い出した。俺は冗談半分で、いいですね〜なんて相槌を打っていたが、まさか組長が頭の中で綿密な計画を立てていただなんて思いもしなかった。








「ダメですよ、御園さんと二人で温泉旅行なんて。危険すぎます。」
組長はとりあえずボディーガードの向野だけに言ったらしいが、断固として認められない。それはそうだろう、組長とそのイロが二人だけで温泉に行ってるなんてバレたら、無防備な俺たちは他の組に囲まれて蜂の巣にされるのは目に見えていた。
「旅行に行くにしても、最低でも6人はガードをつけていただかないと」
話を聞いているとどうやら温泉旅行が反対されているわけではないようだ。まあ、向野さんとしても、毎日無休で働いている組長に対して、少しの配慮はしたいのだろう。
「…もちろん、私も同行させていただきますが。」
向野さんも温泉行きたいだけかもしれないけれど。
「…まあ、多少の護衛は仕方ないだろう。俺だって御園を危険に晒したくなどないし」
渋々と言った形で組長も同意した。
「でも他の護衛と言っても誰をつけるんだ?外部へ漏れる危険がなくて腕が立つやつなんて限られているぞ」
組長の意見ももっともだった。つい最近スパイが発覚したばっかりなのだ、安易に周りを信用することはできない。だからと言って組長の信頼のおける人材など限られていて、この向野を除けばあとは管理職の人間ばかりで、腕が立つとは言い難い。
「御園はどう思う。」
「え、俺ですか」
急に振られて戸惑う。
「うーん。そうですね、長谷川さんとか、どうですか。」
彼の事務所は武闘派で、今回の拉致事件のように力ずくでなんでもやってのけてしまうと言われている。確かに、かすかな記憶の中にある尋問現場にいた者たちはみんな大柄で体つきもよかった。武闘派と言われるのも頷ける。
「あんな余所者をか。信用できるのか。」
組長は少しムッとしたように聞き返す。俺が誰かを褒めるのが気に入らないのだろうか。
「彼は信用できると思いますよ。だからあなたも出世させたんでしょう。」
おそらく、長谷川をかってるのは組長も同じだった。だから本家に出入りさせる権限まで与えているのだ。まあ、監視しているというのもあるのだろうが。
「…まあそうだな。あいつは御園にしたことを相当反省している。お前に不利になることなどはしないだろう」
そうして、長谷川も同行することとなった。だがまだまだ人員は足りない。
結局熟考の結果、幹部から石木率いる部隊と、長谷川率いる部隊の構成で向野さんも含めて7人のガード体制となった。


「…遅いですね」
そして今日は温泉旅行出発当日!俺は人生初めての旅行で、昨日はどきどきわくわくも通り越して興奮し疲れてぐっすり眠った。そして清々しい朝が来て、組長も準備万端、さあ出発というところで、なぜか雲行きが怪しくなっていた。長谷川の部下たちがいつまでたっても集合場所である本家に来ないのである。かれこれ30分は経つが、部下たちに電話も通じず、長谷川はそのクールな顔をだんだんと青くさせていった。
「…お待たせして、本当にすいません」
少しイライラした表情の組長のいるところに長谷川は挨拶に来る。今回同行する予定の部下たちは長谷川に長年連れ添っている信頼のおける者たちのようで、遅刻することなど今まで一回もなかったらしい。何かあったのか不安だが、今は組長の機嫌を宥めるのが先だろう。俺は、長谷川に怒りが向かないように苛立つ組長の相手をしてとりあえず場を持たせた。



「いや〜お待たせしてすいません」
「遅れてすいませんでした。すぐに出発の準備をいたします」
遅れてやって来たのは俺の見たことのある者だった。
「ッお前ら!なんでここに!」
「いや〜実は今日来る予定だった方々みんな食中毒で腹壊しちゃって。昨日食べた牡蠣にあたったらしくて」
「今日予定が空いているのが俺たちだけだったので、代わりに同行させていただくことになりました」
「楠木、斎藤、お前らまさか…。」
「やだなあ長谷川さん、偶然ですよ〜偶然。」
来たのは俺を尋問した楠木と斎藤と呼ばれる男だった。だが、もともと予定していた部下とは違うらしく、長谷川はやけに憤慨した様子だった。
キョロキョロと辺りを見回している楠木が、俺の姿を視界にとらえると、途端にギラギラとした熱を感じた。まるで蛇にでも睨まれているかのような冷や汗をかく。
対して斎藤は俺に気づくと深々とお辞儀をして組長と俺に挨拶をするとすぐに準備にとりかかった。
長谷川はすぐにでも二人を追い出そうとしていたが、組長もそろそろ我慢の限界のようで出発の合図を出した。それを見て長谷川ももう何も言えず、二人を連れて車に乗り込んだ。


車を走らせること1時間半、ようやく温泉宿に到着した。向野さんの運転は心地よく、車の中では眠ってしまっていて組長に起こされるともうすでに到着していた。
綺麗な女将さんに部屋に通されると、そこは海の見える客間で、窓から見える一面は絶景だった。俺と組長はもちろん同室で、部屋に入って早々後ろから抱きしめられた。
「気に入ったか?」
「はい、もちろん。素敵な部屋ですね。」
問いながらも、組長は後ろから俺の首元に口付けを落とす。
「組長、このままする気ですか?」
「…駄目か?」
「駄目じゃないです」
こんな昼間に、何をしているんだと思ったが、もう組長は臨戦態勢に入っていて、海の見える窓際のソファに組み敷かれる。
「んっは、組長…。」
「御園…。」
組長は俺のシャツの下に手を差し込み素肌に触れた。その時だった。


「昼食のご用意ができました。」
女将さん直々に懐石料理を運んできてくれたようで外から声がかかった。
組長はかなり残念で悔しそうな顔をしたが、俺が懐石料理を見て顔が綻んだのを見ると優しく微笑んでくれた。
随分タイミングが良かったが、俺は全く不思議には思わなかった。


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