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「こ、れは……」


先ほどイーブイに連れられてタマムシ噴水前に着いた俺は言葉を失った。
白いコンクリートタイルの道は一面の赤に染まり、噴水の水も同じく赤く濁っている。辺りに飛び散った赤黒い血。一目見ても、ここでなにかがあったのだとすぐに理解できた。
驚くべきことは、こんな有り様になっている場所を特になんのリアクションもなく通り過ぎる通行人たち。
肩にかけられているバッグのヒモを強く握る。


「…………N?」


……これまさかあいつの血じゃねえよな。いやいやさすがに違うよな、うん。
自分でも分かるくらい険しい顔でその光景を見ていると足元にいるイーブイが鳴き声を上げた。


「…………」


分かっている。どうすればいい。
呆然と立ち尽くす俺の横を邪魔そうに通行人たちが通り過ぎる。
俺はあいつの連絡先も知らないし、どこにいるかの確認もできない。つうかあいつになにかあったとは思ったけど、もしかして想像していたよりもやばいんじゃねえのこれ。


「毛玉、お前あいつの匂いたどってとか……できないよな」


一度イーブイを見てからため息をはく。
とりあえずここに立ち尽くしているだけではなんの解決にもならない。俺は帽子を深くかぶってから身を翻し走り出した、……瞬間肩になにかがあたった感触が。


「……あ、悪い」

「いえ、こちらもよそ見していたから」


どうやら誰かとぶつかってしまったらしい。一応ぺこりと頭を下げてからそのぶつかった相手を確認する。
ハニーブラウン色の瞳と髪を持つ少年は、こちらを見てから微笑み地面にしゃがみこんだ。そして地に落ちていたカードらしきものを手に取り、俺に差し出す。


「これ、あなたのトレーナーカードですよね?」

「え、あぁ、どうも。……って、イーブイ?」


いやなんでこんなに威嚇してるんだこの毛玉。
首をかしげながらも、今にも喰らいつかんとばかりに威嚇を繰り返すこいつをほうっておくわけにはいかない。そう考え、毛を逆立てうなり声をあげるイーブイを一回撫でてから抱き上げた。
もちろん軽く頬をひっかかれる。痛ぇなオイ。


「ごめん。こいつなかなか人に懐かねえんだ」

「……いえ、慣れているので気にしないでください」


そう言って笑ったやつは、さっきから自分の足元にまとわりついていたリーフィアを抱き上げる。
慈しむように優しく背中を撫でるそいつの腕の中で、リーフィアは目を細めてそいつにすり寄った。


「ずいぶん大切にしてるんだな」

「…………うん。俺の、……」

「え、ごめん。今なんつった?」

「いえ、なんでもないです。それより誰かを探してるんだよね?」

「は?」

「その人は今マサラタウンにいます」

「いや、え、は?」

「……早く行った方がいいかもよ」


いやお前なに言ってんの。
そう思い口元をひきつらせながらそいつをもう一度見ると、そいつは無表情でこちらに手を伸ばしてきた。徐々に近づく手の平は、俺の腕の中にいるイーブイの頭に乗せられる。


「優しい子だね」

「……思いっきり手の平噛みつかれてるけど」

「ふふ」

「ふふじゃねえよ」


優しく微笑んだ目の前のそいつはしかし、一瞬にして冷めた表情に移り変わる。
行かなきゃ、と小さく口を動かして俺から離れた。


「とりあえずあなたはマサラタウンに向かえばいいです」

「……お前名前は」

「すいません、もう行かなきゃダメなんだ」

「は、」


俺から離れたそいつの腕の中にいるリーフィアが、じっとこちらを見つめていた。
え、なにあいつ。電波第二号?つうかマサラタウンてどこ。
遠ざかる影を見つめながら、俺は首を捻った。