「……義をみてせざるは勇なきなり」

「?」

「ごめんな、」


先ほど浮かべた笑顔はそのままに、目の前にいる人は凛とした声色で話し続けた。


「……俺は、今も昔も」


そこまで紡いだ言葉を遮るように突如部屋に鳴り響いた電子音。
どうやらグリーンさんのポケギアに誰かから連絡が入ったらしい。一旦俺に対し断りを入れてから、ポケットの中で未だに鳴り続けるそれを手に取った。画面を確認し、そこに表示されているであろう電話をかけてきた人物に対し少し驚いたような声を上げる。


「あれ、じいさんだ」


あっちからかけて来るなんて珍しいな、そう呟いたグリーンさんは机に手をかけ椅子から立ち上がる。
カップへなみなみと注がれた緑茶がその振動で少し零れ落ちた。湯のみの表面を何筋も濡らしながら。

あ、まずい。


「グリーンさん」

「ん、どうした?」

「……いや、なんでもない」


その言葉を聞いてから目の前の人は扉の向こうへと消え。気持ち悪いくらい丁寧に閉められたドアを見ながら、誰も居ない室内で冷や汗を拭う。いつの間にか入っていたらしい肩の力をぬいた。


「……そういえばあいつはどこへ行ってるんだ」


そう呟いてから、いつも隣で煩いくらいに騒いでいるやつが居ないことに少しの虚しさを覚えて。そして、そんな事を一瞬でも考えてしまった自分に対しため息をついた。
俺は他人の心情にあまり敏感な方ではないし、あいつのように人の気持ちをうまく汲み取れない。

でも、最後に扉の向こうへと消えたあの人の目は曇っていた。それだけは分かっていた。