此処は一体何処でしょう。答えは、




「じゃあ、ちょっとだけそこで待っててね」




連れて来た本人も、教えてくれませんでした。


通された広間。必要最低限の物しか置いていないその部屋にある障子の向こうは、見ても普通の境内だ。息を切らしながら登ってきた階段も、その上に開いて見えた景色も、おそらく神社だろう。誰の家?…って、普通に考えても慎司くんの、だよね。でも慎司くん、「お邪魔します」って言ってた。…うーん……、





「慎司ー、……あ?」
「っ、?」




廊下の向こう。キシキシと音を鳴らせて、姿を見せた人。慎司くんだと思って、顔を上げて、でも。びくりと肩が跳ねた。私を見下ろす紫苑の目。赤い髪。目を合わせて、すぐに逸らした。一瞬だったけど、明らかに警戒されている。





「………誰だ、お前」
「……」
「…答えろ」
「…っ、」




……怖い。




「なんだなんだ、敵か?」
「…いや、来たらいたんすよ。さっきから何も話さなくて」
「ふーん。…おいお前、自分の名前くらい言ったらどうだ?」
「………っ」
「…俺様は女に手は上げない主義なんだけどな」





ポキッ、と。骨と骨の鳴る音がした。殴られるのだろうか。慎司くんは何処に行ったんだろう。ぐるぐる、ぐるぐる。回る疑問。頭を埋める恐怖心。一人分の足音が畳みを踏んで、鈍い音が聞こえれば、もう限界だった。




「っ!」
「なっ、おい!」




怖い、怖い怖い怖い。一心不乱に駆け出して、目を見開く男の人を突き飛ばす。後ろで私を睨んでいた男の人に比べれば小柄だったその人も、やはりそんなに効果は無くて。でも、少し怯んだ隙を見ればそれで良かった。出口もなにも分からない廊下を走る。いつのまにか出ていた涙が、風に流れて目の端から飛んでいった。


慎司くんは、こんな場所に連れて来て何をしたかったのだろうか。ああなることを知っていた?私は騙されていた?分からない。分からないけど、最後まで姿を見せなかったのが答えなんだろう。非常階段で感じた違和感は、これ?足を動かしながら、胸を掴まれるような痛みに、また涙が飛んだ。














「は、ぁ…っ、はぁ、はっ」




何処をどう走ってきたのかよく分からない。上がった息と足が限界を訴えたところで止まって、へなへなとしゃがみこんだ。怖かった、と一人で呟いた声は酷く掠れてしまったけれど、誰も聞いてはいないのだから気にはしなかった。空には巣へ帰る鳥が鳴きながら飛んでいる。オレンジ色。仰いでいた首を元に戻して、ぐるり。





「……どこ、だろ…」




細い道だ。明るい空に反して、木に囲まれたこの場所は薄暗い。冬になりかけとはいえ日が落ちてくるととても寒くて、汗が冷えていく冷たさに身震いをする。恐怖心が抜けきっていないからか、今朝好きだと答えた森も、酷く怖いものに思えた。





「……っ、?」





甘い匂いが鼻を擽った。誘うような、酔いそうな、そんな匂い。空気が重いものに変わって、森の木がざわざわと揺れる。肩が下がった。心なしか体も重くなる。寒さだけじゃない嫌な感じにまた身を震わせて、おかしい、と鈍る頭が警笛を鳴らしたとき、





『…ウマソウ、ニオイ……』




いつのまにそこにいたのか。先の見えない道のど真ん中。私の数歩先のその場所に、大きな“それ”は佇んでいた。ひっ、と引き攣った声が上がる。目の前のそれは血走った目でぎょろりと私を見た。





『…喰イタイ……ウマソウ』
「…ぁ、…ぁっ」




助けて。怖い。もう何が何だか分からないほどパニックな頭は声を出すことも忘れてしまったらしい。逃げようと力を入れた足は、走りすぎたせいで軽い痙攣を起こしていた。手で全部の体重を支えながら後ずさる。大きな刀を持つそれは、ゆっくりとも言えないスピードで、次の瞬間には、





『………喰イタイ!』




目の前で、刀を手にした豪腕を振り下ろしていた。





「っ!」





死にたくないと思った。自分がどんな行動を起こしたか分からない。降りてくる刀。咄嗟に目を瞑ってから、手で地面を思いっきり押した気がする。頭に走ると思っていた衝撃はこなくて、でも何かを斬ったような音が聞こえて。


ズキンッ!
理解した瞬間、地に置いた右腕が燃えるように熱くなった。





「い、たっ……ぁ、」




咄嗟に手を当てた。同時に目を開くと、ぬるりとした感触。触れるともっと熱くなって、熱は痛みに変わった。その場所に心臓ができたみたいに、ドクドクと止まらない振動。手には赤いものがべっとりと付いていた。斬られたのは、私の腕、?





『ウマソウ…ニオイ……喰イタイ』





私の体全体を包み込むように影が出来た。脳内に直接伝わるような響く声に顔が上げると、さっきまでと何ら変わりないそれが私を見下ろしている。充血するその目はどうしてか虚ろで、うわ言のように同じ言葉を繰り返していた。痛みと熱さと恐怖がどろどろに入り混じって、私はまた小さく悲鳴を上げた。





「ぁ…や、…っ、」





目の前の何かは血のついた刀を振り上げる。何で私がこんな目に、とか。痛み続ける腕をぎゅう、と握りながら思った。じわりと視界が涙に濡れる。死にたくない。痛いのは嫌。そう思うのに、体が動いてくれない。


ひゅんっ、と。
風を斬る音がした。





「力のない奴に手ぇ出してんじゃねぇ!」





それは私の後ろからだった。響いた声に振り向いて、直後辺りに轟いた音に前を向く。バリバリと木が折れていくのが見えて、目を見開いた。振り下ろされた筈の刀が、私のすぐ傍に落ちていた。血が付いたままのそれが怖くなって後ずさる。





『ウオォォオォオ!』




痛みと苦しみと怒りを全部込めたような声が、頭の中に木霊して弾けた。







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