「し、んじくん……しんじくん、慎司、く……」




…い、言えない。昨日と今日でもう何回目かも分からない溜息を吐いた。ばいばい、なんて。挙動不審に頷いた私に手を振ってくれた犬戒くんは、最後にともう一度振り返って「僕のことは慎司って呼んでね」と、またあの笑顔を見せてくれた。





「…友達……」




友達になりたいと言われた。私は頷いた。友達って承諾を得てなるものだっけ?気付いたらなってるものじゃないのかな。と考えてみるものの、友達ができたことのない私には分からない。…少しだけ沈んだ。





「唄ちゃん」
「! お、おおおはようっ……し、」
「うん?」
「し、…んじ、くん」
「うん、おはよう」





ぽん、と叩かれた肩に乗っけられた手。名前を呼ぶと嬉しそうに笑ったし、慎司、くんは昇降口の頭上の壁にある時計を見て、微笑んだ。するり。移動した手が私の手を掴む。




「え、慎司、くん…え?」
「1時間目は自習だから、ちょっとだけ。ね?」
「…う、ん?」




引っ張られた。よろめきそうになって、慌てて付いていって、気付いて歩幅を合わせてくれた慎司くんにお礼を言って。そして、歩く速度を落とした慎司くんが少し錆び付いた扉を押す。キィ、と、鉄が擦れる音がした。





「此処……」
「唄ちゃん、よく此処に来てるよね」
「…知ってた、の?」
「うん。僕も此処、好きだから」




使われなくなった非常階段。壁に囲まれているせいで雨も入ってこない。一人でいるのがよく分かる場所。少し寂しい雰囲気でも、静かな此処は私のお気に入りの場所だった。「ちょっと話そう?」と階段に腰掛けた慎司くんに迷う私。…ど、どこに座ればいいんだろう…。





「唄ちゃんも、こっち」
「あ、う、うん…ごめん」





カンカン。隣を叩く慎司くんに慌てて近づいて、示された場所より少しずれて座る。それに慎司くんの視線を感じたけど、俯いてやり過ごした。





「唄ちゃんっていつも一人だよね」
「……うん」




ぐさり。直球で言われると中々落ち込む。だけど事実なのでたっぷり間を空けてから返事を返した。慎司くんの表情は分からない。覇気のない静かな声が、木霊して響いていた。「どうして?」と、慎司くんが微笑んで紡ぎだす。





「…人が苦手、で、…怖いから」
「そっか。じゃあ、僕も怖い?」
「……怖く、ない」




首を振った。顔を上げると、満足げに頷く慎司くんがいる。そのまま「ありがとう」って言われて、不意打ちで目が合う。恥ずかしくなってまた下を向いた。目を瞑って手を握れば、沈黙がとても痒くなった。そういえば二人きりだ、なんて。顔が熱い。





「唄ちゃん、自然は好き?」
「自、然?」
「うん。森とか川とか」
「森、川……う、ん。好き。なんか、落ち着く」




思わず顔が緩んだ。重ねた手を見ながら言えば、すとんと心の中に落ちたような気がする。穏やかに、ゆっくりと過ぎるあの時間は好き。家にいるときよりも、学校にいるときよりも、“私”を押し殺さずにいられる。「ねぇ、」と呼びかける慎司くんの声に顔を上げると、僅かな違和感が胸に残った。




「今日の放課後空いてる?来て欲しいところがあるんだ」
「…?うん…、分かった」




私が苦手なのは、人。慎司くんも、人。あれ、と思って首を傾げる。いつもなら胸をざわつかせる嫌な感じがあまりしない。友達だから?…分からない。怖くないから?…それは、ちょっとだけある気がする。慎司くんは、優しいから。





「(……でも…)」





なんだか、それだけじゃない気がした。








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