人と接するのは少し苦手。気を遣ってしまうし、怒らせるのも嫌。上手く話せなくなって、距離の取り方も分からなくて。友達はほしい。休み時間に他愛も無いお話をしたり、放課後何処かに遊びに行ったり、したい。だけどいつだって弱くて臆病な私が邪魔をする。




「…犬戒、くん?」




忘れ物をしたから教室に戻った。夕焼けが綺麗で、少しだけ眩しい。そんな中に、光を遮る一つの影。思わずどもって語尾を上げたのは、頭の中にある彼の表情と今のそれが結構かけ離れていたからで。振り向いた犬戒くんの瞳が何かをきらりと光らせているのを見て、びっくりした。




「永峰さん?」
「…あ、ご、ごめん。忘れ物、しちゃって…」
「? 謝らなくてもいいよ」
「う、ん…ごめんなさい」




また謝ってる。くすりと笑った犬戒くんは立ち上がりながら小さく目を擦った。違和感のない仕草の流れ。なんだか慣れているようなそれにやっぱり驚きながらも自分の席に近づいて、机の中から課題を抜き取った。期限は明日。取りに来て良かったと安堵の息を吐く。





「辞書も持って帰った方がいいよ」
「え?」
「その課題、難しい単語が多かったから」
「そう、なんだ……あ、ありがとう」
「どういたしまして」




物腰の柔らかい話し方。花が綻ぶような笑顔。全身からふんわりとした雰囲気を醸し出す犬戒くんは、私の中でも比較的話しやすい人物だ。実際彼は用事がなくても度々私に話しかけてくれるし、先生に頼みごとをされたときは手伝ってくれる。犬戒くんは、とても優しい人だ。





「い、犬戒くん」
「何?」
「これ、あげる…です」




彼なら大丈夫だと、何処かで安心していた私。少しずつ距離を縮めて、鞄から取り出した小さな箱を手渡す。咄嗟に出した左手でそれを受け取った犬戒くんは、小さく首を傾げたあと私を見た。何て言われるかちょっとだけ怖くて、きゅっとスカートを握る。





「疲れたとき、は…甘いものを、食べるといい、」
「え、」
「……と、思う」
「…うん、ありがとう」





私が教室に入ってきた時のことを言っているのだと、犬戒くんは理解したのだろうか。
ぱちぱちと瞬きをして、少し目を見開いて。その後にはまた、彼に似合う優しい笑顔を見せてくれた。私も嬉しくなって、ちょっとだけ笑った。




「……また、明日、ね」
「うん、また明日」




踵を返した。手にはちゃんと課題を握って。ふと自分の気持ちが浮き上がっているのを感じて、胸に手をやる。落ち着かせるように、息を吐いた。大丈夫。明日からはまたいつも通りだ。犬戒くんはクラスメイト。友達とか、そんなんじゃない。偶然私が犬戒くんに会って、少し話しただけ。





「あ、永峰さん、ちょっといい?」
「…ん、え、なに?」
「唄ちゃんって、呼んでもいいかな?」





胸に置いたままの手に、大きな振動が伝わった。思わずぎゅっとその手を握る。犬戒くんの表情は変わらない。秋の終わりの冬めいた風が頬を撫でて、季節の変わりを色濃く表していた。





「君と友達になりたいんだ」






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