「祈莉、分かっているわね」
「うん」
「あなたの霊力は人間の中でこの村の誰よりも高い」
くれぐれも神社から出ないように。
あなたの霊力を欲するカミは五万といるわ。
分かってるよ、ババ様。
「……ふぅ」
襖を閉めると、部屋に漂う重圧感や緊張感が少し和らいだ気がした。
思わず息を吐いて振り返る。
「美鶴、ただいま」
「おかえりなさいませ。玄関までお迎えに上がれず、すみませんでした」
「あーいいのいいの!今日はみんなで鍋だもんね。何か手伝おうか?」
「いえ、もうほとんど仕上がっていますので…」
はっきりと断りにくいのか、そこで区切った美鶴に「じゃあ広間で待ってるね」と笑えばほっとしたように頷いた。
もっとずばずば言ってくれていいんだけどなぁなんて思いながらも変化は否めない。
足を進めてキシキシと鳴る廊下を歩いていると広間から聞こえる騒がしい声。
「あ、祈莉。おばあちゃんなんて?」
「んー、やっぱり私明日から学校休むよ」
「そっか……」
目に見えて暗くなる珠紀の顔に苦笑する私は部屋で寛ぐみんなにも目を向ける。
ロゴスとの戦いはもう幾度となく続けてきた。
みんなが傷付いた。
悔しさを素直に表現できずにぶつかり合ったのも知ってる。
「珠紀、今日は景気付けの鍋なんだし楽しもうよ」
「…うん、そうだね」
次は私の番だ。
*
「無理しないでね」
「うん」
「辛くなったらいつでも言ってよ?」
「うん、ありがと」
玄関に立って珍しくも珠紀を見下ろす私は巫女服を着ている。
なんでも霊力をコントロールできるように修行みたいなことをするらしい。
心配してくれるのは嬉しいけど学校に遅れやしないか。
尚も続ける珠紀に苦笑いを漏らした頃、扉の外で待っていた拓磨が呆れ顔で入ってきた。
「お前なぁ…いつまでかかるんだよ」
「え?あ、ごめん!」
「もう時間ねぇぞ」
「嘘っ!」
「何でこんなことに嘘付くんだよ」
焦りだす珠紀を見る拓磨の目は優しい。
なんだかんだ言って甘いなぁと笑いながら駆け出す二人を見送った。
扉が閉まってから私も結った髪を揺らして境内に向かう。
そっと髪を撫でる柔らかい風は首筋を僅かに刺激して。
首から覗いたそこには縁側に座りながらお茶を飲む卓さんが既に待機していた。
「卓さん」
「祈莉さん、おはようございます」
「あ、おはようございます!」
慌てて頭を下げると茶請けに湯呑みを置いた彼が立ち上がる。
首を急な角度に曲げないとその顔が見えない距離まで近づいてきた卓さん。
小さい頃から一緒にいたので怖がったりはしないが不思議には思って首を傾げた。
その直後、持ち上げられた腕が優しく頭に降りてくる。
乗った質量に下がる顔。比例してあがる目線。
捉えた卓さんは手と同じように、優しく笑っていた。
「私があなたと修行するのは、あなたを贄にするからではありません」
「卓さん…?」
「全てが終わったとき、祈莉さんが人として生きていくための修行です」
カミが見える。カミの声が聞こえる。
誰にも言わなかった。言えなかった。
自分の力を異常だと理解したその瞬間、私は私を人から外した。
みんなのようにカミの血を引くわけでもない。力を持たない人間でもない。
私は本当に曖昧で不安定な存在。
そんな私が、
「人として……」
「はい」
迷いの無い肯定の言葉。
大きくてしなやかな指が撫でる私の髪。
守護者のみんなも、珠紀も、
みんなみんな優しい。大切な人。
心の陰りが晴れると同時。
この人たちのために何かしたいと、
温もりをくれる彼等の役に立ちたいと、
私の中にあった気持ちが一回り大きくなった気がした。