「私は、羨ましかったのかもしれない」




目の前の背中は小さくて、寂しくて。
切なげに零れた言葉が私を擽る。


みんなは出て行った。
いつかのように、強気な背中を並べながら。
見送った私は、彼等を追うように玄関を降りたババ様を見つめる。





「私には、守ってくれる人も、連れ出してくれる人もいなかったから」
「拓磨のこと?」
「ええ…。少し、意地悪をしてしまったわね」




小さく微笑むババ様が振り返って、首を擡げた。
私はゆるゆると首を振る。
大丈夫だ。彼等はちゃんと笑っていたから。





「祈莉…貴方にも、悪いことをしたわね」
「私は何もされてないよ」
「だけど、辛かったでしょう?」





力を持っているのに待つだけで何もできないのは、辛かったでしょう?
分かってると言いたげなババ様に私は僅かに口角を上げる。




「でも、みんなと関われたのは力のおかげだから」
「…祈莉も、珠紀も、強いわね」




いつかぶりに見た、慈しむような笑顔だった。
小さい頃、何かある度に報告して、相談して、頭を撫でてもらったときと同じ。
優しくて弱々しいそれは、ゆるやかに頭を下げる。





「先代玉依姫として、私には当代玉依姫を助ける義務があります」
「……」
「私の霊力の全てを、鬼斬丸封印のために」




それはまるで、最期の言葉のようだった。
噛み締めるように一字一句、覆すことのできない意志を込めて。
顔を上げたババ様。自信と誇りに満ち溢れた表情で。





「行って参ります」




そうして彼女も、背中を向けた。













大きな霊力がぶつかるのを感じる。
禍々しい邪気に相対する、大切な人達の力。
目を瞑るのも耳を塞ぐのも違う気がして、縁側から見える黒い山だけを見つめていた。





「…祈莉さん」
「ん?」




隣に座る美鶴も、正座をした太ももの上で手を握りながら。
祈るように指を絡めて、小さな想いを。




「私、鬼崎さんのことが好きでした。ずっと…鬼崎さんだけを見てきたんです」
「美鶴……」




だけど、鬼崎さんはあの人を見ていました。好きだったから、分かります。
鬼崎さんの目にはあの人しか映ってなくて、私は妹にしか見てもらえなくて…。


だから私、あの人がずっと嫌いでした。


美鶴がそう言って、少しだけ私を見て微笑んだ。
あの人が指すのは珠紀で、私は初めて知る美鶴の想いに言葉が見つからない。
でも一つだけ分かったのは、美鶴は今、珠紀に憎しみなんて抱いていないということ。





「珠紀様は…優しくて、明るくて…。だから私、嫉妬していたんだと思います。あの人は、綺麗だから」
「…うん、そうだね」
「何も知らないことが綺麗だって言うのなら、知ってしまえばそれも崩れると思っていたんです」





でも、珠紀様は綺麗なままだった。
嫌いだと告げた私に、微笑んで笑顔だった。





「その時、敵わないなって、思いました」
「…珠紀にはきっと誰も敵わないよ」
「はい。私もそう思います」





美鶴が笑った。私はそんな美鶴から再び視線を山へと移して。
あそこに、みんながいる。
珠紀も拓磨も、真弘先輩も祐一先輩も慎司も卓さんも、そしてババ様も。


やっぱり待っていることしかできない私。
それでも、勝てると確信して戦いに行った彼等を信じることはできる。
“信じろ”と言った、真弘先輩を信じて。





「美鶴、きっと、これで終わりだよ」
「……はい」
「もうこれ以上、背負う必要はないからね」
「っ、はい」




夜が明ける。
膨らんで膨らんで、大きく弾けた霊力の向こう側から覗いた太陽が、翳った空に光を与えて。
まるで変わっていくことを空全体で表現しているかのように。
浮かぶ雲の隙間からすっと通り抜けて射す光も、淡く染め上げられた橙色も。
吹きぬける風も翼を広げる小鳥も一筋だけ流れた美鶴の涙も全部。


とてもとても、綺麗。





「……やっと、」




終わった、と。
そんな声が、聞こえた。








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