沈黙が痛かった。
真弘先輩は動かない。
勿論、私も。
「……」
じっと見つめるだけの目は、何を思っているのだろう。
感情が見えないそれが、ババ様のそれと少しだけ被って見えた。
…否、ババ様だけじゃない。
感情を捨て去った美鶴も、絶望で光を失った拓磨も、同じ。
逸らしたら嘘になるような気がして。
黙る先輩に私も口を開かない。
……やがて、見詰め合ったままの目の奥に、鋭く光る何かを見つけて、
眉を寄せた、その時。
「……関係ねぇよ」
「は、」
「来い。ババ様のところへ行く」
「な、ちょっ…痛、っ」
ぎりぎりと力の篭る手に掴まれ、もつれる足もそのままに部屋から連れ出されていた。
前に傾く重心を立て直そうとするのに、床を鳴らす音も勢いも大きすぎて隙が無い。
止まらない足と緩まない腕に、踵を叩きつけて声を張り上げた。
「止まれちびっこ!!」
一か八かの大勝負。
語尾を荒げた禁句は廊下いっぱいに広がって、そして、
先輩の足が、止まった。
私は手を思い切り振り上げる。
パシッと叩く音を残して離れた手の後に、真弘先輩が振り向いた。
「…先輩は勝手だよ、いつもいつも」
「……」
「なんで止めるの。私が封印されれば、先輩は生きていられる」
期待して浮かれて、見えない本心に不安がって作られた嘘に傷付いて。
どれだけ掻き乱せばいいのだろう。
自分のことは何一つとして教えてくれないのに、
「犠牲を払って繋ぎとめる命なんかいらねぇよ」
「そんなの、」
「祈莉、俺たちは守護者だ。だけど、守るのは玉依姫だけじゃない」
先輩は、ずるい。
「言っただろ、封印も珠紀もお前も、守るって」
「…でもそれは嘘だって、」
「誰が嘘なんて言った?」
「、っ!?」
混じる雑音と記憶に残る言葉。
復唱して噛み砕いて、ごちゃごちゃした頭が思考を止める。
“ただお前が生き急がないようにしてただけだ”
再び掴まれた腕が熱い。
力が抜けて座り込めば、握られた手だけが宙に浮いていた。
「広間にあいつらが集まってる」
「え、」
「祈莉の封印はしない。俺たちで鬼斬丸を壊す」
「壊す、って…でも、」
「祈莉」
力強い響き。息が詰まるような優しい声。
しゃがみ込んだ先輩の真っ直ぐな目が私を射抜く。
「俺達を信じろ」
「っ……」
「餓鬼の頃から一緒にいたんだ。できるだろ?」
立ち上がらせてくれる大きな手が、そこから伸びる指先が。
私の目から涙を掬っていく。
帰ってきたら言いたいことがある。
絶対の響きを持って告げられた言葉に、私はただ頷くだけだった。