「…美颯、」
誰かが、呼んでいる。
私の名前を、優しい声で。
ぼんやりとそれを聞きながら、ふと振り向けば、そこに。
「美颯、」
平助の、笑顔。
一度見たことがあるような風景に、そういえばと思い出す。
これは平助が屯所を出るときだ。
出て行く彼を追って出てきた庭先。
満開の、桜。
「…来年も一緒に、見れるといいな」
「見れるよ。きっと」
今思えば、ある種の願望だったのかもしれない。
「…約束、しようか」
「約束?」
「また会おうねって、約束」
「…おう」
互いの指を絡ませたあの指切りで。
歴史が、彼の死が、変わるんじゃないかと。
触れる箇所から伝わる熱に、私は勝手に願っていた。
「また来年も、一緒に」
笑う私と笑い返す平助。
第三者から見るその不思議な光景が、突如ぐにゃりと歪んだ。
ぼやけて滲んで、混ざり合った色と色がぐるぐると回る。
なんだか酔いそうだ。
眩暈のようなそれに一瞬世界が真っ暗になって、
「平助……?」
次には、あの満開の桜を静かに見上げる平助の姿があった。
紡いだ言葉は届かない。
だってこれは、夢なんだから。
「美颯……」
何処にいるんだよ…。
言の葉を象った彼の唇。
真正面から見える平助の顔は、切なく歪んでいた。
「約束、だろ?」
じわりと、また視界が歪んだようになる。
覚えててくれたんだ。私のこと。
暗い暗い闇の中。深い深い心の底。
すぐ先も見えない絶望に、数ミリにも満たない光が射すように。
「…平助…っ平助、平助!」
届かないことを承知で名を叫ぶ。
気付いて、平助。私、此処にいるよ。
平助は振り向かない。
目線は散り始める予感を漂わせる桜のまま。
……約束、したもんね。
届かないなら、私が、
「平助っ…!」
私が、手を伸ばすよ。
再び戻る現実は、
…此処、どこ……?