もっともっと、言いたいことがあったのに。伝えたいことは、もっと他にあった筈なのに。言葉が出てこない。しゃくりあげる嗚咽が邪魔をする。スピーカーへのマイクを握り締めたまま、涙で濡れた唇を噛み締める。あと一言だけ、一言だけ言えば、一番言いたいことは伝えられる。何度も言おうとして言えなかった言葉が、あるの。

バンッ、と。扉の開く音がした。



「───好き…」


真弘くんが、好き。涙と嗚咽と鼻声が混じってちゃんと声になったか分からない。それでも、溢れるくらいの想いを。ずっとずっと育ててきた気持ちを。

子供みたいに泣きじゃくる私の手が、熱くて固いものに包み込まれて、引き寄せられる。かちりとマイクのスイッチが落ちる音が聞こえて、すがり付いていたそれから離れた瞬間、熱に触れる。包まれる。ぶつけた布の感触からは、忘れることなんてなかった大好きな香りがした。



「……忘れたりなんかしねぇよ。忘れてなんかやらねぇ」
「っ…ま、ひろ、く…」
「今までずっと、ごめんな。言わせてやれなくて、悪かった」
「ぅ、…っ」


高くなった真弘くんの体は、私をしっかりと包み込む。抱き締めれば隣にあった彼の蒼い髪の毛が、見えなかった。代わりにあるのは、私を抱き締める広い肩。そこから伸びる腕。髪を撫でる手の感触が酷く優しくて、涙が後から後から湧いてくる。それは、真弘くんの温もりで。私は彼に包まれていて。…2年経った今でも変わらない香りに安心して、低くなった声にどきどきして。


「…好き…好きだよ、真弘くん。大好き」


逃げないでと。もう勝手に何処か遠くへ行ったりしないでと。それからどれくらい言葉で伝えても足りないくらいの“好き”が、届くように。回した腕は彼を握り締める。一層強くなった締め付けに、また涙が零れる。


「…馬鹿、そんなに連呼してんじゃねぇよ」
「で、も」
「お前がそんなに言うと、俺が言えないじゃねぇか」


耳を擽った柔らかい声色。この世界のどんな言葉よりも特別な響き。髪を梳きながら、私の頭に顎を乗せて、摺り寄せるように。しがみ付くだけの私に、与えられたたった二文字の気持ち。ああ、やっと聞かせてくれた。待って待って待って、やっと。涙腺への刺激より大きな刺激が私自身を熱くする。全身が心臓になったみたいな胸の高まりの中、これ以上にないくらい幸せな気持ちで。


「──好きだ、名前」






小さい頃、私がまだ封印のことなんて何も知らなかった時。一度だけ、真弘くんが私のところにきて、弱音を吐いたことがあった。怖い。逃げたい。いつも大きなことばかり言っていた真弘くんだから、泣きそうに歪んだ顔を見たのは初めてで。そのころの私は咄嗟に、「じゃあ一緒に逃げよう」なんて言ったりして。森の中へ、二人で手を繋いで行ったんだ。


「…真弘くんが怖いときは、私がずっと傍にいるよ」
「……本当?」
「うん。怖くないときも、ずっとずっと一緒にいる」
「……うん。じゃあ、」

──約束。


……思えばきっと、あの時。あの時からずっと、言えなかった。…いや、言う勇気がなかったのかもしれない。お互いに臆病で、お互いに弱かったから。建前を付けて言い訳を付けて、逃げていた。だけど、そんな風に温め続けて言えなかった言葉だから、どんどん溢れて、もうずっと消えることはないだろう。これからも、ずっと。












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