考えても考えても、本人を前にしなければ解けない問題はいつまで経っても解決することはなく、時が経てばそんな疑問も薄れていく。人間の脳は、いらなくなったものを自然と消去して、新しい情報を詰め込むのだという。だとしたら、私にとっての真弘くんは、それくらいのものだったのだろうか。


「……本当にそうなら、良かったんだけどな」


はっきりとした文字は一言だけ。それでも紙全体が黒いのはきっと一杯に書いた文字を消してしまったから。薄っすらと文字を象る跡をなぞる。何が書かれていたんだろう。何を伝えたかったんだろう。何を、


「……今更」


ぼそりを呟いた声は小さくて細くてとても自分のものには思えなかった。だって2年も経った。何の音沙汰もなかった真弘くんはもう帰ってこないんじゃないかってずっと思ってて、でも“待ってなくてもいい”のあの一言が、いつか帰って来るなんていう期待を含ませていたから。だから私は真偽の分からないその一言だけを頼りに待って待って待って。……だけど、全然その時は来なくて。
嬉しいのか悲しいのか分からない。真弘くんは昔から態度のでかい人だ。時には人の都合だって気にしない。だけど私は真弘くんが弱いことを知っていたから。少しでも重荷を分けて欲しくて、ずっと隣にいた。弱いくせに、自分の弱いところを見せるのを嫌う人だから、すすり泣く声も小さく聞こえる逃げ出したいという本音も全部聞こえないふりをして、傍にいた。だから真弘くんを縛るものがなくなれば、やっと彼が何のしがらみもない笑顔をずっと見せてくれると思ったのに。



「…本当、自分勝手だ」


結局私は、真弘くんに振り回されてばかりなのだ。いくら昔を振り返ってもそれは変わらない。もんもんと考えてみても、それしか答えはない。だったらもうそれでいい。どうせ私の気持ちも、あのまま変わったことはないのだから。でも少しだけ、ほんの少しだけ。やっぱり私だって怒ってるから。出迎えてあげることなんてしないでおこう。逃げた真弘くんをずっと待ってたんだから。今度は、真弘くんが追いかけて欲しい。私が全部を伝えて、そしたら真弘くんは、今度こそ手を繋いでくれるだろうか。


“次の日曜、そっちに帰る”




朝。日が昇って間もない頃、ひゅるりと吹く風に髪を押さえながら、私は懐かしい高校の屋上にいた。静かな場所から、見える分全部の景色を見渡す。何も変わらないこの村。私達が一番多く一緒にいた場所。此処で珠紀に出会って、此処で沢山、色んな感情を知った。屋上の給水タンクに、もう真弘くんはいないけど。だからこそ、伝えるなら、此処がいい。あの頃を思い出して、知って欲しい。
鬼斬丸封印から2年。この村にも電波がある程度通っていた。ポケットの中で、携帯が震えて私に知らせる。景色を見たままスイッチを押して、そっと耳に当てた。



「真弘先輩、今からそっち行くと思うよ」
「そっか。ありがとね、珠紀」
「ううん。…頑張ってね」
「…うん、頑張る」


電子音に切り替わったそれをポケットに仕舞いなおして、小さく深呼吸をする。まず何から伝えようか。やっと帰ってきたんだから、やっぱりおかえりかな。通学路を見ながら、面影に重なる姿を思い浮かべて口元を緩ませる。真弘くんのことだ。きっとすぐに来るだろう。久しぶりに、あの綺麗な翼が見たいな。そんな風に思いながら、高鳴り出す胸に手を当てて踵を返した。







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