アソータティブ・メイティング



「なんちゅーかそんでいつの間にか俺っちに酒豪の噂たってて」
笑いながら体重をかけて甘えた背中が振り返る、夏の始まり。
「おいおい大丈夫なのか?それ」
「大丈夫さ、飲んでるんじゃないし」
「心配だなぁーっ」
振り返るついでにひっくり返ったフローリングの上で、眠たい夕日が隠れようとしていた。
「コーチが心配し過ぎるだけさ。俺っちもうガキじゃねぇ」
「……それは俺が一番知ってるけど」
影になる恋人の顔が少し膨れたその顔で、短髪が鎖骨にくすぐったい。突き刺さる愛しさを抱き締め返す日曜の午後。
倍量の酒を飲みたい野菜嫌いの女好き、酒は飲まない女もいらないサラダ食い。あの日成り立った奇妙な利害関係は、そこそこの秘密と腐れ縁を加えて続いている。
「…コー、っチ」
「最近"王様"ばかりだから」
「なに言ってるさ!」
じゃれ合うフローリングに伝う熱を、可愛いと形容していいんだと知ったのは最近だ。

「コーチの焼き餅ってかっこわりぃさ」
「こら!」
「ひひー」
広い背を抱き締めて吸い込む3回目の夏日が肌に心地よかった。

夢の中で思い出す、大学入学から暫くたった土曜の昼だった。大して価値のわからないダージリンを飲み干して、クッキーを数枚。
「コーチと太乙さんと雲中子さんって、なんでいつまでも気ぃ合ってるんさ?」
前々から気になっていたコレを問いただすでもなく聞けたのは、自分が腐れ縁の仕組みをある程度知ったからだろう。
「なんかイメージわかねぇ…」
「私たちの馴れ初めねぇ」
「やめてよ、語弊だらけじゃない」
あからさまに楽しむ顔と嫌がる顔と、懐かしむ恋人の顔がテーブルクロスを挟んで並んでいた。
「高校で最初の化学の実験でな、番号順でコイツらと同じチームになってて」
手にしたカップは離さないまま話し出した道徳の声を追いかけて、天化の右手がカップを掴む。
「ほら、なんだ…アレ。俺が三本も折ったんだ。それのフォローを」
「道徳のそれもう老化の兆候だよ」
「アレだほら、チューブみたいなガラスの!……こめこめクラブみたいな」
考えに考えて搾り出した遠い昔のガラスの記憶。
「ああ!」
甚だしく反れた名前に天化の左手が中を舞う。
「俺っちも折ったさそれ!あのガラスの風船付いたストロー!」
「そうだ、それ!」
「パペットマペットさ!」
「"コマゴメピペット"ね」
合わせて振り回す左手に訂正を入れながら、呆れ眼の太乙を見ていた。木漏れ日の差すジャンクに埋もれた部屋の片隅で、集まった腐れ縁が四人。
「君たちはよく似ているよね。もうシナプスの伝導も近いんじゃない?」
「「しなぷ…?」」
「まぁ救えない能筋回路なんだろうねー」

アソータティブ・ メイティング

名前を呼ぶ機会もないまま迎えたスロープの前で、今日もあのナポレオンの携帯電話が叫び続ける月曜日。流石に暑いこの日差しに脱いだジャケットの下はタンクトップ。案の定というべきか、ひょろりと細い胸板が覗いていた。
「いいんかい出なくて」
「いいのいいの、駆け引きって知らねぇ?」
ポケットに収まった二つ折りの黒いそれが、大方発には似つかないガールズポップを流して数秒。何度も切れるその音は、隣にいる天化も覚える程だ。
「鈴ちゃんー鈴ちゃんー」
「んな顔にやけてんなら出りゃーいいのに」
「すぐになびく男は趣味じゃないんだってよ!リサーチ済みななんだぜ!」
「あっそ」
記憶に新しいその名前は、確か二回前の飲み会でドコか近くに座った子の筈だった。一回前の飲み会で、
「……他の子狙ってんじゃなかったっけ王サマ」
「え?」
他の名前を連呼していた記憶も間違いではないだろう。
「ああ、麗ちゃん?カレシ持ちだって…なんつーか昨日できたってメール来てよ」
「王サマあんた…」
派手にうな垂れる隣の光景は、見慣れれば特に感想もない。無言で歩く5歩6歩。
「メアドゲットまでは上手く行ったのになぁー。今回ばかりは縁がないって、あー、運の方か」
「王サマって、なんで釣った魚に餌やんないかね」
「はぁ!?んなコトねぇよ!」
弾かれるように上げたその顔に、あまりに心外だと貼り付けたように書いてある。零れ落ちそうな目が瞬いて首を捻る数秒の沈黙。そうでなければ他にどう見えるのか、聞いた天化が呆れを飛び越して驚く程度に。
「なんだよ?俺ってそんな悪人か?」
きっと他の面子も全員一致で可決するだろう事実に、一人だけいつまでも目を丸くしていた。
「…悪人っちゅーか、王サマがそうだからみんな遊びでしか寄ってこねぇんさ。自覚ないだけ余計タチわりぃ」
「……なんだよお前、わかったみたいな」
「あそーたてぃぶ、エンディング?」
「あ?」
「なんだっけ?」
ころころ落ち着きなく目を丸くし直した右隣が、天化の顔に影を作る。また叫び出すポケットにもちらりと横目を走らせて、右手と左手が迷って交差。後、選んだのは、
「どういうことだよ?」
腐れ縁との世間話らしい。
「太乙さんの受け売りだけど、……"自分と似た人に惹かれる"んだってさ」
「へぇ…んじゃぁ俺って超ハイレベルなんじゃん!」
「"自分の遺伝子を残しやすいように、似た遺伝子と似た考え方を探すから似たもの夫婦になる"ってコト」
「つっこめよ」
ほら、また違う顔。上下した眉と尖らせた唇に、直接そうは言ってやらないことにした。
「そんで似た者夫婦ってのがあるらしいさ」
「へーぇ。ちゃんと立証済みってか。」
歩く早さも人それぞれ。現にこの間では歩幅も違えば足音も違う。走ったらきっとすぐに追い越す天化の脚に、スニーカーは好まないだろう発の脚。無音の時間が影を追う。
「傷付かない予防線」
「……あ?」
「100%好きんなってから拒まれても困っから、フラれて大丈夫な範囲で似たような感じの適当な人選んでるんじゃん」
「……俺がそうだって?」
「ただの例え話さ」
蝉の影。なんでこんなことを言うんだろうと、天化自身思わない訳じゃない。数センチ差で見上げる目に注ぐ眼光の温度と鋭さは、初めて見る部類の暑さに奪い取られて消えた。
「まぁ範疇内ってこったろ?つき合うってそーゆートコなくちゃやってらんねぇよ」
翻る背中は笑顔を讃えて、
「天化はいいよなぁー、大事にされてて!」
また翻って微笑み直した。
「……まぁね」

大方図星だろう手が携帯片手に惜しみなく号泣したのは、午後一番の西洋式が終わる頃だった。
「だから言ったさ、エサやらねぇって」
「だってよ!ありゃーない!ひでぇよ鈴ちゃん…」
「はいはいあんたが酷いさ」
「天化まで酷ぇー!」
何度か繰り返した記憶のテンプレートで逃げ出す野次馬騒ぎの階段教室に、熱反射のスロープの上。照り付ける太陽に騒がしい右隣。
「……あ、英文科寄ってかねぇ?」
「誰がさ」
「つれないなー。まーいっか、お前に取られるのもなんだし」
「最初っから興味ねぇ」
一通り騒ぎ出すテンプレートが八の字眉で膨れる姿に、笑が込み上げるようになったのはいつからだろう。そもそも成功した試しがない恒例ナンパに駆け出す脚が振り返って笑うのも。
「王サマって見てて飽きねぇさ」
せわしないその背中は、なにかしら放つ天化の一言を必ず待つらしいルールがあって、
「だろー?」
「誉めてないさ」
「よく言われるぜ」
意味も嫌味もない軽口がリバウンドする3秒ルール。必ず光る笑顔の八重歯を知る者も実は数少ない。
「その顔女に見せてやりゃあいいのに」
不思議なキャンパスの真ん中で、風に吹かれて二人がいた。
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