刻みタバコに変わりゆく(*)




暗い部屋をチカチカ照らすプラズマの光り。砂嵐の時間にはあと少しの夜と朝の狭間の一刻。
「ニュースんなってんじゃん」
シーツにまどろむ声の主。
「ん?」
頭はそのまま、まどろみから抜け出してタバコを咥えた背が見えた。10分前まで甘美に痺れた指が、はっきりと自我を持ってくしゃくしゃの空き箱を潰す。からっぽのタバコ。
ベッドに残された主の身体が、艶かしさを纏って壁を向く。
暗い部屋にゆらめく白い煙。
「刻みタバコ」
「ああ」
灰と吸殻のひしめくガラスの灰皿。使い込んだシルバーのジッポー。溺れた指。

文明の力、携帯電話。自由も恋も駆け引きも想い出も幸せも、なんでも詰め込んだ小さい箱の中。
――ふと目についた今日のピックアップ。若い世代でブームになりつつなる、過去の文明の力、刻みタバコ。
「流行ってんだってな」
「増税キツイしさ」
ふぅ。漂う白い影。
抱き合った余韻を甘く残すような関係じゃない。これでも恋人なのだけど。
「お前そっちにしないの?」
思い通りにならないヤツだから不本意にも溺れたりする。
「こっちの方が似合うっしょ」
「そーかな…」
その姿を見やる訳じゃない。きっと呼吸の数で、唇に収まるタバコの寿命がわかる関係。脳裏に描いてみたその姿は、確かに少し珍妙だった。
「俺っちコッチの方が好きだし。最初っからコレだし。長いと…なんかヘンな感じさ、わかんねーけど」
「慣れってこと?」
衣擦れの音。欠伸の声。まどろみの時間。
「んー…愛着さ」
「アイチャクねぇー…」

呟いた声が掠れた。
ゆらめく煙が振り向いて笑う。

幼いんだかオトナなんだか、健康で不健康で、

「俺にしとけば?口寂しいなら」

甘くあまく続くような関係じゃない。なのにほら、不本意に赤くなったりするから。
やめられない誰かのタバコみたいに溺れたりする。

細くほそく続く煙は、ベッドから這い出た主の指が灰皿に追いやった。唇に残った煙ごと、飲み込む吐息は懐かしい味で、確かに今の彼の味で。

テレビだってそうだった。
分厚いブラウン管に液晶で、動き回るポリゴンとコントローラーに夢中になった日々。こんな薄っぺらい壁紙みたいなコンピューターと鮮明な電波を予想した人が何処にいただろう。

携帯電話だってそうだった。
自由も恋も駆け引きも想い出も幸せも、金も暮らしも詰め込んだ箱。毎日の当たり前になった。

変わってゆくのだろうか。
冷めかけた痺れの体温は、抱き締めたら熱が逆流する。
「愛着?」
「……言わそうとしてる」
「べっつに。言いたきゃ言えよ」
タバコの匂い。タバコの味。恋人の味もその姿も未来も。
いつか変わってしまうのなら、隣で知っていればいい。それだけだ。変わらなければつまらない。
思い通りにならないから、その一瞬先を知ってみたくなる。
「慣れたもんな」
腹に滑る右の長い指。
「……ッ」
咎めるはずのタバコの匂いの右の手首は、左の掌で甘く掴んだ。
「ほら、慣れたもん俺だって」
悔しそうに驚いた瞳に言ってやる。叩くだの突くだのするその腕を、押さえる術はもう知っている。
得意気に上がった口角に、覗く犬歯に妖しい吐息に、不本意に高鳴ったりするから。
「…慣れてないさ俺っち」
「まぁ、慣れるモンじゃねぇか」
噴出したらふて腐れる顔にタバコの匂い。

こんな子供みたいなオヤクソクがあるから、飽きずに隣にいればいい。
きっとその呼吸の数が変わっても、変わらずに君が好きなんだ。

灰皿のガレキの下で、タバコの名残の白い羽衣が密やかに宙へ昇った。


end.



ニュースで「刻みタバコ」と見えたので、瞬時に発天化!(新語…?)
藤崎封神の世界の二人と現代の二人がリンク…とか考えてしまったりもして、連載の方と同じ台詞をいくつか持ってきてみました。
2010/12/06
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