lonly,lonly,holy night!




さみいさみい。何度言ったかわかんねぇぐらい寒い日だった。薄手のダウンなんて滅多に着ないモンに手を出した辺りが、今日の空回りっぷりを表してるとは思うんだ。うーわ、さびいぃっ!
キンと冷えた夜の空気に、すっかり脚が進まねぇ。だから道は余計に長い。右と左を順番に、舗装されたレンガの歩道を15分。今更なんで車で来なかったのか後悔した。まぁ、いや、飲んでるから無理だけどよ。
「さーみ…」
もうマジで何回目だろう。拒みもしないフルオープンがウリの自動ドアに、なんなく挟まれる俺。ちくしょ!出会い頭に人の脚の間潜って行きやがったハイテンションなお子様は、真っ赤な鼻に真っ赤な靴下の玩具とお菓子を山程抱えてた。……そう。今更ながら、今日は聖夜だ。

一緒に祝う人員がいない訳じゃない。……人員。人員なぁ。人員か。脳に躍り出た言葉に苦笑した。なんだよ、人員って。ここ数年で植え込まれたらしい次期社長見習いらしい語彙。いや、次期なのか見習いなのか、実はそこんとこをあまり決めちゃいない辺りに、既にダメな匂いは漂ってるだろ。俺自身、それをやり過ごしたいのか乗っかりたいのか、それも未だにわからなかった。

「――……」

思わず息を飲んだ。自動ドアの向こうは無限にすら思えるパラダイス。
キラキラ光るイルミネーションも美味しい匂いもそっちのけで、ただこの暖房設備すげぇ!いくらかかってんだ、あったけぇ、予算大丈夫かよこのスーパー見た目古いけど!あの折り込みチラシ最っっっ低のアピール力だけどよくつぶれねぇな!?
「……じゃねぇよ」
止まらない思考にとうとう声までお出ましだ。あーあーもう!
むしゃくしゃする。そう、そんな気分がぴったりだ。少し前まで無理やり両サイドを固めてた髪に指を一度に突っ込んで、思い切りぐしゃぐしゃしてやった。あ゙あ゙あ゙もう!
解放された髪は意図も簡単に定位置に戻る。ネクタイもスーツも、とっくに家で脱け殻にしてきたから、結局さぁ。それでもあることないこと止まらないお仕事脳は、もう俺本体だけなんだろうな。
なんだよソレ。そう思ったら、余計にやりきれない何かが腹の底に煮えていた。

ガラガラガラガラ、大袈裟な音で転がるカートに、耳つきのパンを一斤。
「あ?あれ?」
ない。一斤……丸い二つ山の食パンがねぇ。売り切れ?それともここで置いてねぇの?お気に入りのバターホテルブレッドもなけりゃ、発酵クロワッサンも、焦がしキャラメルのプディングパンもないときた。マジかよ、この店……。
仕方ない。今夜の食事っつう必要に迫られて、水色のの四角い変な止め金のくっついたパンをカートに放り込んだ。顔付きのあんパン抱えて喜ぶ子供が横にいて、ああ、それは俺もわかるわ。憧れるよな。なんとなく愛嬌あるソイツもカゴに付け足した。
カラカラ、カートは動く。うそだろー、ワイン置いてねぇの!楽しみにしてたメインのロゼがねぇ。すっかり脱力した俺は、だらしなくカートに上体を預けながら、軟体動物よろしく店を歩く。
店員がかぶってる赤いサンタ帽子、あれはミニスカサンタだからこその価値であってだなー、わざわざ寒がりプリンちゃんの可愛い真っ赤なお耳隠すような帽子は嬉しくねぇんだよ…。エプロンの下に服着ちゃダメだろ。
そこまで行き着いてまた苦笑。いや、これじゃあ俺ただのエロ親父だ。認識区分はエロ親父で間違っちゃないけど、人として間違ってる感ひしひし。

聖夜だぜ?聖夜だろ?なぁ、

今更気付いたんだ。ここに一人で来てるヤツは俺ぐらいだってこと。

「あーあ…」

暑いぐらいのこの店で、白い息が見えた気がした。あーあ、あー…
「あ」
そして今宵もう一度、俺の息は止まる。俺以外にいたんだよ、鼻歌混じりのカゴの中が明らかに男一人の野郎。
目の前を横切った軽いムートンとジーンズのソイツが、すっからかんのカゴにりんごをひとつ。またひとつ。なんだろうな、この同類意識みてぇなの。見るつもりも付けるつもりもないのに、辿るルートは自ずと決まる。
だからこの店の行く先々で、俺よりちょっと低い黒髪の丸いシルエットを見付ける事態になったわけ。徐々にカゴに加わる日常に、妙な暖かさを感じないでもない不思議な心地で。
並みいる商品陳列棚の前に、大の男(と思われる)が腰を落として鼻歌ひとつ。ブルーとショッキングピンクとイエローグリーンの小さいヘアワックスのサンプルテスターの前で楽しそうに目を細めながら、ブルーを左の襟足に、ピンクを右の襟足に、グリーンを長い前髪の真ん中に。それぞれ塗りたくるみたいに置いた後、
「おし!」
力強く納得したらしいソイツが、試してもないオレンジのカップを手に持って満足気に立ち上がった。おかしくってしょうがない。だって俺から見りゃー試した3つすらどれも差がねぇんだもんよ!ちょうどそんなのをいきがって試したい、って顔してる思春期高校生と大差ない顔で、所謂うんこ座りの男は、あろうことかビーチサンダル装備ときた。歌う鼻歌、

"さぁたいへんだ、さぁたいへんだ! 七面鳥が逃げてゆく!"

……もうだめだ、腹筋が限界。
なんでこんなに平和な場所なんだろう。
この殺風景な夜中の街も、一人だけの聖夜も、ごちゃごちゃ溢れた暑いこの店も、その男にはキラキラに見えてるんだろうかとか、考え出したらつられて笑う俺がいた。声は必死に押し殺してな。

"さぁみんなでつかまえろ、ほにゃーにゃらららら追いかけろ"

そこは"池の周りを追いかけろ"だぜ。言ってやる訳にもいかなのに、今まで忘れてたこんな歌を思い出すのも変な心地だった。うんと小さいガキの頃に、兄弟で歌ったっけな。
手にしたトイレの便座クリーナー、思い出したように立ち寄って、悩みに悩んで深い剃り四枚刃カミソリとケアジェルをカゴに突っ込んだソイツ。どっからどう見ても髭なんてろくすっぽ生えてなさそうなツルツル子供肌なのに。慌てて戻ってカゴに放り込んだ鬼殺しに芋焼酎と、ワンカップに梅酒。俺はとうとうソイツの年齢と姿を見失った。
おかしくて仕方ない聖夜のこんなスーパーで。笑いながら一体俺は何買いに来たんだっけ。そうそう、そうだ、残りのカマンベールと一緒に食べるクラッカーとハムだ。それだけありゃ今日明日クリスマス気分でいいんじゃねぇの?
さっきまで感じていた飢餓感にも似たあのイライラともやもやは、すっかりどっかに行っちまってた。俺まで伝染したあの七面鳥、鼻歌で抜ける陳列棚のヘアピンカーブ。
「ん?だからタケノコはねぇさ。タケノコ…タケ…」
また聞こえた覚えある声に、今度は足が止まる。
「我がまま言うんじゃねぇさ、我慢しな!」
確かにこれはさっきの童顔くさい男の声だ。思わずキョロキョロ動かした首と視線で、何度探してもその背は見つからない。いや必死に探すってもんでもないのによ、……あ、
「キノコ買ってくかんね。いー?イチゴ!?だからタケノコは全部ねぇって!」
とうとう堪えきれない。見つけたソイツは、子供用のお菓子の棚に例のうんこ座りでへばりついて、肩と頬で挟んだ携帯に向かってタケノコ、きのこ、を繰り返す。
"キノコの山"か!
色とりどりのパッケージ前で、ホールドボタンと一緒にふて腐れた様な顔してたその男は、
「へへ、俺っちのさくパン!さくパンさ!」
鮮やかな笑顔。手に取った"さくさくパンダ"を、独り言と一緒に山ほどカゴに突っ込んだ。
――うわ、もうムリ!!もう無理、むりむりむり!!!
今の今まで死ぬ気で堪えてた笑いの防波堤は一瞬で消え去った。
「っぷ…」
瞬間息が止まるぐらいの鋭い視線が振り返る。ヤベ!
「……なにさ」
「いや、……あー……すんません!」
どう考えても不良に絡まれた高校生のテンプレを返して、あまりに罰の悪いそこを走り去ろうとした時だ。
「……あり?姫発さんじゃん」
俺は、聖夜に三度目の息を飲んだ。
「姫発さん、家こっちだったんか」
「……え?あ、いや…」
誰だ?絶対的に覚えはない。ってかこんな妙な知り合いがいたら忘れねぇわな。デカい目をしぱしぱさせてからにんまり楽しげに笑った男は、"いよっ"なんて効果音つきで立ち上がって、するする俺の隣に陣取った。なに?なんだ?ダレ!?
「それであーたいつも出社おせぇんか」
「いや?ここほら、カノジョの地元」
「うっそだね。寒がりのもこもこピーコート着こんでるあーたがクリーニングタグつけたまんまのダウンで出てこられる訳ないさ。近くっしょ?」
もう、返事すらする暇がないご名答。だだだダレ!?っつかタグついてたっけか!?
頭をかすめたのは社内リサーチだとか企業スパイだとか、あああ、あれか!どっかで揉めた女関係の向こうの男ッ…
「クリスマス、一人さ?」
「…あ?んな訳ねぇだろ。だからカノジョと」
平静を装えているのかどうか、それすらもうわかんねぇ。つうかこの場合平静を装うのがあってんのかどうかもわからねぇ。

"お菓子は弟に、酒は親父で、梅酒はかあちゃんと兄貴で、にんじんは明日ケーキにするさ。"

にかにか笑うソイツは、楽しげに例の七面鳥に合わせて両足をピコピコ。無意識のリズムに乗って落ち着きなく体を揺らしてから、
「そういやよ、この間の会議、間に合ったさ?」
なんて真ん丸眼で聞いてくる。傾げる首に気が遠くなった。
「……た、たぶん?」
「そっかそっか、そりゃよかったさ。年内一安心てとこ?」
「……まぁ、たぶんな…」
「さっきからたぶんばっかさ。あーたいっつももうチョイはっきり喋るべ」
だから、いつもって、なんだよーーー!!?

ついに叫び損ねた俺に、ソイツはくるりとターンを決めてレジに向かって消えて行った。
"んじゃーまたね!"
口パクはそう言って、ライターを手にレジを越える。なんとなく追いつかなきゃならねぇ気がして、なのにもう追いかけるには遅いらしい。俺のビニールがレジでガサガサ、あのアンパンが潰れた気配がした。
だれ?誰だアイツ?
妙な焦燥はなくならない。暖房がききすぎた夢みたいな店を出ると、人気のない駐車場のはるか向こうにムートンとジーンズにビーサンの、丸い頭の影が伸びていた。

「姫発さんメリークリスマス!」

馬鹿でかい笑い声と祝いの言葉の最後は、叩くようにして閉められたライトバンのドアの音に掻き消されて、思考が追いつく頃には景気よくクラクションが花咲いた。
――ああ、
ネオンなんかにゃ程遠いベッドタウンのこの場所で、クリスマスってのはあったかいものらしい。
何時だか乗った暖房弱すぎの、くっそ寒い乱暴運転タクシーを思い出した。

おかしくて仕方ない。もう笑えちまって!
だから俺も独り言。
「メリークリスマス」

そういやアイツのカゴにも、このアンパンが入ってたっけ。

end.


遅ればせながらメリクリ!
仕事に荒むクリスマスも良いかなと、思ったりします。(笑) 今後の発展は未知数。
2011/12/25
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