北風と火鉢*バンダナにオアツラエ




その日も陽は張りきり通しで、南向きのオアツラエ牢獄にいるには随分勿体ない天気だった。いやー、肩痛ぇし目も痛ぇ。なにより気分が最悪で、ちくしょう……北風と寒さが結託しやがった……。火鉢の火が煽られる。
まぁ悪態ついて変わるモンでもないってのは、流石に俺でもわかるワケ。どうにもこうにも訳がわからねぇ目の前の書簡竹簡、──その遥か向こうのあぐらと煙のバンダナ野郎。なんだってこう……ああ、まぁいいや。そうそう、言って変わるモンじゃねぇしな。
「あーあ……やってらんねぇよ」
ため息の俺は、今日も成果のないだろうシーソーゲームに興じてみることにした。言ったのはまるっきり本音に変わりねぇけど、また至極わかりかねるって感じの丸い垂れ目がこっちを向いた。毎回毎回、天化はそんな具合なんだ。蔓延する煙と火鉢の炭の臭いに少し顔をしかめてから、ヤツがデカイ目を細めて煙を吐いていた。……煙が臭ぇならなんで四六時中煙草吸ってるんだか。得意のオーバーアクションは続く。
「なぁ、酷いと思わねぇ?大体なんでこんな雑用までさぁ……」
肩を竦めたらバッサリ一言、
「思わねぇさ」
言いやがったなちくしょう!いや、嫌じゃねぇんだぜ?むしろそんな気のない感じも興味が湧くし、事実始まりはそこだった。じゃなきゃ本来合いっこねぇって。どうやらあのまん丸目は俺のアクションを見抜いてるらしくってさ、それも嫌いじゃねぇ、ってカオはしてんだよ。確かに。
「あーあ、ここにプリンちゃんがいてくれたらなぁー、頑張らないでもないんだけどよ」
言うのになかなか気を張ってるってのは、コイツに伝わってるんだろうか。もっとコイツ流に言えば、機を読むとか待つとか、間合いを詰めてどうのこうの、相手の懐に飛び込むだの込まないだの。短絡的なんだか回りくどいんだか、俺のこうしたちょっかいは、毎回見事煙に巻かれるワケ。
「周公旦に見つかったら大目玉さ」
机に足、っつう俺のアクション込みオプション醜態が?それとも俺とお前と二人ってことが?そこんとこは、確認しないが吉と見る。あーあ、ったくさぁ。
「いいんだよ別に。アイツはちょっとほら、頭が固すぎんだって!」
俺の問いには大抵コイツも応えない。別にそれに対する答えが欲しいってんでもない。煙の向こうで胸が大きく上下して、上下しっぱなしの俺のキモチってモンは、案の定また煙に巻きやがった。あーあ、なんなんだか。いくらなんでも挫けたくもなるぜ。あーあ、俺だってさぁ!本来ここまで後ろ向きでも保険掛け持ちでもないんだって。いい加減脈があるやらないやら、わかりかねるソイツが、またデカイ目を丸くしていた。
「太公望も酷ぇと思わねぇか?今頃四不像と武吉っちゃんと桃園だぜ!?」
もっかい上げた不満のだめ押しは、
「んじゃあ王サマも桃刈ってくれば?」
「いや、別に桃を食いてぇって訳じゃ」
なかなかのスピードで打ち返されたさよなら逆転ホームラン。桃刈ってくれば?ってそりゃお前……いや、言いかけて飲み込んだ。スピードに乗ったそれを発した天化の鋭さも去ることながら、あの尖らせた口も赤い耳も、本人気付いちゃねぇんだろうけど。
最近開いた妙な悟りの境地──コイツはどうやら、"太公望"が地雷らしい。なにが転んで太公望なんだよ?って、そこの真偽は別にしといても、なんにせよ地雷は"俺の口から出る太公望"って注釈が必要なワケ。それってさぁ、それってひょっとしたらひょっとする?

この顔だけで今日は充分、ハイオク満タン走れる訳だよ。我ながら現金なそれと笑いを堪えながら右手には筆、左には竹簡。隙間から盗み見た天化は、大きく息を吸い込んで、赤い耳のままイライラと煙草を揉み消した。次もすぐだろ、ほらな。もうあの唇も指も、お気に入りの煙草が独り占めだ。

あーあ。ま、いいや。
有り余るお釣貰うにはまだ時期尚早。確かに感じる割り切れない甘酸っぱさを抱きながら、……ほんとダメな男だけどよ。
「なんで俺みたいなのが王様なんだよっつうハナシ」
「ほんと、末代まで伝わる喜劇さ」
独り言のオチのつもりのそれまで、見事にレシーブするらしい声が、明らかに色めいて、
「だろ?太公望ってアレで意外とバカだよなー、見る目がねぇっての?」

太公望にゃ悪いけど、暫く甘えることにした。
「悲劇になんないようにすりゃぁそれでいいさ」
「無理無理、俺には既に悲劇なんだってぇの」
後で桃を差し入れようにも、今桃刈ってんだっけ。よし、なら酒だなこりゃ。心の隅で小さいガッツポーズをひとつ、俺はまたオーバーアクションの遊び人を決め込んだ。
筆のない左手で、机に写る天化の影をわしゃわしゃかき回して、ま、後はコイツ好みの"いい王サマ"ってヤツになってやろうじゃん。

「楊ゼンさんと手合わせが」
「スースに頼まれた兵の訓練が」
「オヤジと天祥と稽古の時間」
「崑崙戻ってコーチと修行さ」
「武吉っちゃんと道の補整が」
「ちょっくらコウモリと木材運び」
「今日こそ宝貝人間とやってくる」

とにかく血の気も多けりゃ持たせる気も多すぎるソイツが、なんでかこうしてここにいる。身動ぎもせずそこに、あぐらで、定位置作って。火鉢があれば煙草に不自由しない場所。火鉢フル稼働を目論んで、開け放たれた窓に北風が吹き荒れた。

それ以上の理由はまだ聞かない。行くな、なんて言うにはまだ足りない確証を抱いて、火鉢の香りを胸一杯に吸い込んだ。
あーあ、シーソーゲームも明日辺りで打ち止めにすっか。

end.


発の頭わしわし〜を、勘違いする天化ちゃん…(笑)
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