火鉢と北風*俺っちと王サマ




その日も空は青くって、空気の匂いが冷たく鼻を一突きした。ひひ、俺っちに喧嘩売るなんて百年はえーさ!煙草の煙で一網打尽に巻いてやった。青と白に俺っちの灰。混じった色を見るのは嫌いじゃないから、ぐんとひとつ伸びをして、赤い革張りの長椅子であぐらをかいた。
陽の射す真四角の執務室の白い壁にため息が上塗りされてて、ああ、もう冬なんかなーって気ぃついたりして、豊邑(ココ)は崑崙(あっち)と随分勝手が違うみてぇ。寒さがくると部屋がキンて狭くなる。それは戦闘前に張り詰める空気にちっとだけ似てて、間合いを詰めてくときの息遣いにも似てた。……ふぅん、世界が広いってのはそーゆーことさ?親父もコーチも散々それを言ってたっけ。そういやー、さっき目の前で珍しく書簡に埋もれてるひとが、デカイ体と声と態度でくしゃみを二発繰り出してたさ。
「あーあ……やってらんねぇよ」
なにがさ?とは思っても聞かない。聞いてやってどうにかなるもんでもなし、
「なぁ、酷いと思わねぇ?大体なんでこんな雑用までさぁ……」
ほら。聞かなくても話し出すし、このひと。
「思わねぇさ」
「あーあ、ここにプリンちゃんがいてくれたらなぁー、頑張らないでもないんだけどよ」
そんでもってあんまり会話にはなんない。俺っちも王サマも、する気ってのがないからさ。頭の後ろで手を組んだだらしない王サマは、とうとう組んだ足をどっかり卓の上に置いちまってた。あーあ、はこっちの台詞さ。
「周公旦に見つかったら大目玉さ」
「いいんだよ別に。アイツはちょっとほら、頭が固すぎんだって!」
確かにそりゃ嘘じゃない。けどそもそもこのひとは、あの烏帽子ハリセンオプションの前で足を卓に乗っけたりしねぇ。なんだかんだ"いい兄貴"をやってっから、こんな風に手と足どっちもフラフラぷらぷら遊ばせてんのを知ってるのは、今んとこ楊ゼンさん──……と、俺っち。吸い込んだタールが、胸にガツンとやってきた。
スースの前では、一緒に馬鹿やってるか一緒に叱られてるか、一緒に罰喰らってるか、たまにスースに怒られて背中丸めて頭上がんないか、そんなトコかね。……なんだかんだ、仲が良いっちゅーか……
「太公望も酷ぇと思わねぇか?今頃四不像と武吉っちゃんと桃園だぜ!?」
もっかい登った不満の声が、
「んじゃあ王サマも桃刈ってくれば?」
「いや、別に桃を食いてぇって訳じゃ」
答えを求めてるってんでないのはとっくのとうに知っていて、だから俺っちも答えない。笑えば笑うし、そもそも会話にはなんないんだから、噛み合う訳はなし。王サマと俺っちはなんやかんやずっとそんなで、この四角いちっこい部屋を、昨日も今日も二人占めした。

十中八九、自分の言葉に罰が悪いことでも思い出してるだろう苦虫噛み潰した顔で、俯いた口から白いのろし。俺っちの煙草は燻って、もう、一番の味わい時は過ぎちまってた。フィルターにジリジリ近付く最後の火が、指に熱い。あー、消える……ま、いいさ。次のあるし。ありがとさ。ひひって笑って吸殻を新しいのと取っ替えたのと、俯いた王サマの右手が筆を取ったのは同じ頃だった。

「なんで俺みたいなのが王様なんだよっつうハナシだよ」
ちょっと皮肉な言い回しのため息が、誰に向けられてる訳でもないのはとっくに気付いてて、
「ほんと、末代まで伝わる喜劇さ」
「だろ?太公望ってアレで意外とバカだよなー、見る目がねぇっての?」
否定して欲しい訳でも同意して欲しい訳でもないらしいってのも、承知の上。馬鹿馬鹿しくて面倒くさい甘えったれの遊び人は、確かに今日も卓の前に座ってた。
「悲劇になんないようにすりゃぁそれでいいさ」
「無理無理、俺には既に悲劇なんだってぇの」

筆のない左手で、ひとしきり女の胸をわしわしするあの手つきを繰り返してから、その手も書簡に戻ってく。
逃げ出しゃーいいモンを、このひとは。

「俺なんて」
「王なんて」
「戦争なんざ」
「金なんて」

あることないこと、どうでもいいこと、つらつら連ねる口だけは達者なサボり魔で妙なトコで態度のでけぇこのひとが、ただの一度も言ったのを聞いたことがない"民なんて"とか"邑なんて"とか。
逃げ出してくんなきゃ俺っちの仕事が減っちまってつまんねぇ、なんて、死んでも言ってやらねぇさ馬鹿。
あーあ、あんた意外といい王サマになるかもね。

二人占めした執務室は、今日も火鉢と北風の冷戦が続いてた。


end.

天化はジリジリ、しかし短絡片想い。
2011/11/28
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