望月の色





秋風の吹く回廊で、子供独特の柔らかい髪を跳ねさせる子は言った。
「まんまるの」
困り笑いの父の足は城壁の上でまるい胡座をひとつかき、隣には正座を崩さぬ輪とした長子。
「一番丸いの!黄色いの!」
幼い人差し指が指す中秋の名月は、目を細めた父曰く、誰の元にも等しく照らす、恵みと導きの望月と。
「んー?あ?…めぐみ?」
わかったようでわからない。父の言葉はいつもそう。幼い眉間に幼い皺が、首を捻って考えていた。
「……みんないっしょ?まんまるの」
「うむ、みな同じ月の光の元の子だ」
「まんまるの、父上と」
父の胡座の真ん中で一番大きな月を見た日。暗闇に光る丸い丸い月の主張は、大きく優しい父に似ていた。
「発にはまだ少し難しいね」
髪をすいた優しい兄の、泣きそうな笑顔は月の影に似て。
「伯邑孝、発。月餅を頂くか」
「ん!げっぺー食う!!」
差し伸べられた父の手と兄の手に少し背伸びの幼子は、この日月をひとりじめした。大好きなたったひとつのまんまるを。


「でっけーさ!おつきさん!おつきさん!」
飛び跳ねる子は回廊から回廊へ、
「そうだなぁ!こりゃ天化が生まれてから一番デカい名月じゃねぇか?」
笑う父も回廊から回廊へ。
「んっ」
走る足音は大人一人に子供一人、途中で長子も加わった。
「んーっ」
「どうした天化?」
「おつきさんさっ!んー!」
裸足の爪先が回廊を蹴れば、伸ばして手を振る小さな紅葉。
「そりゃー掴んじゃならねぇな。他のやつらに見えなくなっちまうだろ?」
「ヤさ!や!おつきさん!」
「だめだよ天化、みんなのお月さまだもん」
「やさ!や!や!おれっちのさ!」
大きな父に抱えられた子供独特の丸い腹が、月を目指して鳴き出した。
「あなた、天禄も天化も。月餅がありますよ」
微笑む黒髪に空の黒、父みたいに大きくて兄みたいに優しい月の光は、
「……やーさ、いやさ、おつきさんほしいさ」
この幼子の最初で最後の我儘だった。


秋風荒む宵の口、黒いレザーの少年は問う。
「お月さんて、手に入ると思うかい?」
「月だぁ?」
答える君主は胡座をかいて屋根の上。秋風が弄ぶ髪を光に透かして見れば、レザーの色が夜空に緩く溶け込んだ。
「ああ、……まぁ取れんじゃねぇのお前は。武吉っちゃんもダッシュでイケるか?」
「そっかね、やっぱ!戦士タイプか天然っしょ?ぜってぇ負けねぇさ!!」
「いや…望月ってのは誰にでもある光ってもんだしよ。まぁ…んじゃあ掴まなくても手には入ってるんだろうけどな」
少しだけ身を固くしたレザーの肩を腰を引き寄せてしゃなりしゃなり、甘く問う。
「な、また来年も見ようぜ?」
「…うん、そんで月餅食うさ」
「おう」
雲を掴むより遥か高みの青年の夢は、たったひとつのまばゆい光。
「おっし!飲むか!明日は祭りだぁ!!」
「あんた前夜祭で潰れるさ」
わがままに、直向きに、素直なままで。隙をついて重ねた唇から覗き見た顔に、あの日の兄の顔の意味を知る。

胸を指す幼い切なさと、秋風に飛ばされそうな儚さと、かき消すには大きすぎた慈愛。

翻る白い外套に甦る。
月だけじゃない。この赤がこの白が、裏表ない月のように光る笑顔が、人々のものになる前に。

吸い込まれそうな逆転の星空に屋根の瓦を背に受けて、望月の下で酒と煙草の口付けをした。雲が近付いた望月の審判が下るまで、今はただその温もりをひとりじめ。



end.
2011/09/12

アップが中秋の名月明けになってしまった…!でも今はまだ月も出てる筈!
ちょいとクリスマスSSの続編チックな月見発天でした。
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