歳月ってのは時になかなか不思議なモンで、仙界とやらに行っちまう泣き虫の末っ子の匂いはまだ覚えてる。
確か15を迎える頃には、追い付きやしない親父と兄ちゃんのそれを避けた。邑のアレコレなんてそれは俺にとっちゃどこ吹く風の他人事で、それよりゃ町行く年頃の香の薫りがよかった。
きっと戻っちゃこねぇんだ、なんて惨めな確信も、微かな兄ちゃんの残り香に知る。朝歌に立った霧の昇る朝だった。
煙草と汗と、砂埃。
重ねた太陽に焼かれる馬鹿正直な肌の匂いも、デニムの匂いもレザーの匂いも、あの革命が落としていった血の匂いも雨の匂いも。
歳月ってのは時に不思議なモンで、
「なにか?」
竹簡越しの隣の産湯の匂いが、今やなによりの薬なんだもんよ。
「いや?」
撫でた黒髪は、女にしちゃとりわけ柔らかくもない訳だ。畳み掛ける声が、
「変わったなと思ってよ」
馬の上で腹の穴塞がれた頃からしたら。
「貴方もでしょう」
「ああ、まぁな」
噛み合わないのはある程度の特別な遊びみたいに承知の上で、あと半分は擦り合わせるモンなんだ。
なんて悟った数年前。
俺の指を離さない、真新しい小さいてのひら。
俺の匂いってのは、いつか懐かしまれたりするんだろうか?それはそれで妙なんだけど。
ああ、そういやーあの手触り最悪のバンダナの髪。
髪だけ気の利いた匂いがしていたその謎は、終ぞ解けやしなかった。
まぁそーゆーモンだろ、初恋ってよ。
2011/05/28