卒業予行プールサイド




夏の日差しは知らないんだ。憂鬱と仲良しこよしの、男子高生ご卒業事情なんて!


「あ゙ーーーっぢぃ」
キラキラ光る水面に太陽。照り付ける真昼の生ぬるい水が、二人の影を繋いでいた。憂鬱なプールサイド、カッターシャツの袖を捲り上げた発の顎が、対岸の女子の群れを指す。
「あれな」
「ん?」
「あっちの端からーぁ、あ゙ーっと12人生理ね」
「──ぶ!!!」
吹き出したのは丸い後頭部の彼だった。
「ほら、アイツ1月前も休んでたし。あの子も」
「……っとに、余計なことうるせぇさあーた…」
年頃なのだ。どうしようもない。否定したところで、悲しきかな悲しき性。天化の目は水面に浮かぶ白い肌から反らされた。女子の背泳ぎだなんて、ベッドの上も同じこと。
彼ら高校二年の夏は、一度しかない夏の日の卒業式の話題で持ちきりだった。
やれ彼女が出来た、手を繋いだ、キスをした。次に訪れるステップは明白である。憂鬱の犯人がそこにいる。
「……んなウブい反応すんなっつの。だからお前」
「言わなくていいさ!」

"童貞"。
呼び掛けられる貞淑は、時に彼らを縛り付け、時に彼らを二極化し、たまに彼らを強くする。
「……おう」
それはまるで憂鬱な魔法の言葉だった。
ぴちゃりと水が音を立てて、二人の裸足を繋ぐ。
真昼のプール授業。ふらふら遅刻、水着を忘れたのは非童貞。球技大会全種目制覇、勲章の突き指にギプスをはめた、彼が童貞。
味気ないカテゴライズに首を振り、プールサイドの男子が二人、実に健康な話を沈み顔で紡ぎ出す。それはそれは退屈な時間だった。

誰は卒業。あの子と卒業。そろそろ捨てたいしがらみと、先に進みたいジレンマと──いくらかいる男子の属性を並べ立てて、天化は、"しがらみ組"に自分を置いた。どうってことはない、15分あればインスタントでご卒業。それだけで、同級生に馬鹿にされることも、実際それを知らずにいることも、どちらのリスクも回避できる。そんな俺っち、憂鬱の"しがらみ組"2年生。夏の間に卒業したい──思考を纏めた黒い頭が、隣の頭と日除けのバンダナを分け合っていた。

高鳴る鼓動は水濡れの女子に?目前の夏休みに?俯く黒い後頭部。隣で口笛を鳴らす誰かは中二で捨てた、"捨て組"な噂。恐らく間違ってはいないのだろう。少なくとも天化がそう判断すべき材料は、日々の教室にも溢れていたから。
ずずず、ずずず…
水を含んだ足元の苔むすプールサイドのゴムが、憂鬱に拍車をかける。捨て組の筆頭──王様、は、あくびの途中で眩しくて堪らない空を睨む。17にしては高い鼻筋から、歳にしては男らしい喉仏まで、一息に伝う汗の粒。キラキラ水面に落ちるそれが、酷く天化の胸に迫った。
だってきっとそうなのだろう。捨て組の彼の、情事の汗も、彼を包む女の汗も。漠然としかわからないエロティックともやもやは、天化をしがらみ組に縛り付ける理由、
「あーあ、早く卒業してえさーーぁ」
なのだと言ったら、細いつり目で笑ったり、しちゃうのだろうか遊び人。天化の喉も天を見た。
「どーせオメェ相手いねぇだろ」
「余計なお世話さ。さっさと棄てたからってよ!夏休みに入りゃーこっちのもんっしょ?」
「……まぁ、まず土行孫と蝉ちゃんが皮切りって感じじゃね?」
そうだ、もう一カテゴリー"勝ち組"。所詮、彼らには敵わぬ"両想い"は、なんだかんだと画策しては、二人で抜け出す初めての東京の一夜に想いを馳せたりするものだ。
「蝉ちゃんの生理終わり次第随時だろ。秒読みだなこりゃ」
鼻の下にたまる汗をギプスと逆の左手でかいて、天化が小さく唸りを上げる。にわかに色めく教室みんな、ハニーとお泊まり計画は知っている状態。そうでなければ、
「手っ取り早ぇんなら、アイツでもいいかと思ってたさ」
「ああ、卒業相手?」
「まぁ。別に……誰とは女にこだわりねぇし、俺っち」
そう、頼むとすれば、近しい女子は彼女ぐらいのものしかいない。興味がない、の一刀両断。それで何故卒業したいのか、本来の意味を逸脱していることは、きっと薄々気付いていて、目を背けてみたりする。
「女も王サマぐらい単純だったらな」
水が二人に攻め入って、裸足の中腰二つがよろめきながら後退を繰り返す。蝉が鳴いた。喉を急かす暑さが、カッターシャツを湿らせる。吹き抜ける熱風に発が目を細めれば、天化の憂鬱も増していた。卒業したら、
「なぁ、天化さぁ」
同じ景色が見えるだろうかとか、
「俺、……あの噂の。……テレクラとキャバ通いは、やってねぇからな」
脱チェリーで悪友王の市民権を得るのだろうかとか、
「そりゃ……あんたも未成年だべ。はなっから信じてねぇさ」
今この瞬間聞いて安心したとか。気になって気になって眠れぬ夜を過ごしたとか、言ってしまうには太陽がうるさいから。今日も胸にくすぶるこれは言えっこない。
水飛沫とホイッスルが、二人に間抜けな休憩を告げる。こくんと鳴る喉仏に、汗と髪が張り付いた。
「中二でしたのは、あれはホントだけどよ!その、あーっと、」
「っ、別に聞きたくねぇさ」
「してねぇ。……春休みから、クラス表出てから」
「そうかい」
「おう」
さざ波の塩素が、溶かす憂鬱の指先。とくとく胸が鳴り出したのは、光化学スモックの出る時間だからだ。太陽避けのバンダナに二人で頭を突っ込みながら、バツの悪い男子二人で、斜め下の排水溝を睨んでいた。
「なぁ、ホントに卒業したいわけ」
「……ぜってぇ二学期はほぼ卒業組さ。しゃーない。誰かは馬鹿にするしよ」
「……俺、結構マジで後悔してんだ。……あんときゃ考えなしだったけど」
そう、とだけ打った相槌がホイッスルにかき消されて、休憩の短さを嘆く群れが水に戻る。本当に嘆いてない癖に。なんとない悪態をつかないと、一層増えたモヤモヤと憂鬱をやり過ごせそうにない──天化の唇がめくれるときは、そんな心情。
「好きなヤツがさ、まだ……ミケーケンだから。」
「うん」
「……一緒にハジメテだったら良かったなーとか、思っちまう。すげぇ聞かれるし。」
高い空には鳶が飛んで、東京からさして遠くない現母校、憂鬱を張らすように太陽の恩恵。青い空が輝いて、視神経は役目を放棄する。
「……なにをさ」
水音に紛れるくらいの声で、目を閉じて問うた。知りたくはない答えが返るだろうから。
「……"セックスってどんな感じさ王サマ"、とか」
ほら、とばかりに返る答えに、天化は瞑る瞼に力を込める。蜃気楼みたいな毛細血管が、薄い瞼の裏を赤く染める夏の真昼。
「王サマ、あーたいーかげん悪ふざけ」
「だからさ!だからっ……やってないっつったろ。……お前と」
鳶が飛んで、高い空が一層高く、
「また、お前と同じクラスだったからっ……!!」
「へっ……」
ぱしゃりと高く、飛沫が跳ねるゴムの香りと真昼の体温。
振り返った発の早口言葉に、天化の首が反対を見た。
「って、同情かい」
「ちげぇよ!だからっ…あと……」

始まる無音が憂鬱で、走る鼓動が焦燥で、落ちたバンダナがホイッスルで、

「なぁ天化、卒業……、してぇんだよ、な?」

目を伏せる発の指先が、バンダナと水と、包帯から覗く指先を捕まえたプールサイド。

「──……うん」

走り出した鼓動が邪魔で、照り付ける太陽に負けた喉の乾きは声すらをもたらさないまま、指と指。水飛沫とバンダナに隠れて、焦げて焦れた照れの深爪が二本だけ、追いかけっこを続けるらしい。
急速に上がる体温が、二人の汗と水を巻き上げる。くらくらする瞼の裏に、繋ぐ暑い指先が、憂鬱の最たる原因なんだ──
「だっ…き、嫌いなヤツとは卒業しねぇさっ…」
そう、正直者のチェリーな彼は、嘘をつくとき背を向ける。耳の赤みがそう告げた。
キラキラ水面に浮かぶ憂鬱が入道雲に押し上げられて、ホイッスルに飛び退いて離れる指二本男二人。
深呼吸、妄想クロールに潜水記録はどこまでも伸びる。
「なぁ、俺、前からお前のこと……」

しがらみ組この夏の卒業、なるか──。


end.


この後の「卒業」、天発でもありですかね…(笑)
2012/05/25

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