やがて二人は濁流となりて(*)




夢を見た。ような気がした、だけかも知れねぇが。──そんな発の朧気な意識を引っ張る者がある。あ、と小さく欠伸にも似た息を吐いて、また飲み込んで、蓄えた顎髭の対岸に、裸で丸まる少年の髪をすいてみる。
言葉なく、といった所で、間違っていて間違いではない。頑なに口を閉ざし唇を噛み締める少年の鼻先が、発の股間に頬を寄せる。それはまた随分と退廃的な、否、麗しい、一瞬だった。
「王サマ、しよ」

ごく簡素な言葉を無感動に紡ぐ喉が上下に揺れて、唇は発にすがる。冷たく冷えた十の指先が発の身体を駆け回り撫で行けば、どちらからともなく身を震わせる。
よせ、と、言ってしまえれば良いのだろうか。目を閉じた発は思案する。ほの暗い天幕に月明かりが射し込んで、少年のすべらかな臀部は明けの月のように神聖であり、永遠に、
「天化……」
見えるのだ。
「オイ!天化ってば」
見えたのだった。

ぱたりと一滴、汗に紛れて赤が外套に落ちる。今更だろうか。冷めない熱を持ち寄って、寝台を軋ませたのはまだ数刻前のことだ。当然のように身体に敷く外套は、身体を冷やさない為に繰り返される発なりの優しさで、獣のように求める彼も発も、服等という存在は忘却の彼方で燃してきた。

「ん、っ…ん、なぁ王サマ…したいさ、しよう、王サマ」

痛々しいと責めるだろうか。
ふしだらなのだと蔑むだろうか。

翡翠の目を暗い慟哭にすら似た焦燥に揺らめかせて、天化の腰が揺らめいている。発を、目掛けて。

断る理由は、陳腐な物から思いやりまで、山のようにうず高く積まれている。治らない傷を思うのならば、腰を掴む手を緩めてやらねばならぬのではないか、痛むのではないか、寝かせてやるのが情ではないのか──繰り返される力ない声が発にすがる限り、きっとこの蓄えた顎髭は、剃られることはないのだろう。

「天化!」
「あっ、ぁあッ…ふぅ……!」

言葉なく、名を呼んで、発は腰を突き上げる。もう彼の名を呼ぶ、あの大柄の父の背はない。
発ですら受け入れ難いその事実を、利口な振りを貫く負けず嫌いが触れる由もない。
王サマ、王サマ、耳元にすがる泣き声は散り散りに息を舞い上がらせては唇を裂く。固い歯が赤い柔らかい唇を占拠している現状に、発はきつく目を閉じて言った。

「肩、俺の肩かじってろ。構わねぇから」

言い終わらぬ内に鋭い痛みは発と共に、圧し殺した咆哮が天幕に満ちた。
肩を震わせて発にすがる。もっともっとと求める性器を発の腹に擦り寄せて、大きく開いた後孔からは、数刻前に受け止めたばかりの発の精を溢れさせながら、目を閉じた子供は泣いていた。
「おらっ!!行くぜ、ラストスパート!」
きつくきつく抱きすがる子の髪を撫でて背を抱いて、繋がる性器を指で辿って、薄っぺらくて逞しいあの胸を掻いて摘まんで、涙が込み上げるのは在りし日の発だったろう。

「悲しむ時間もねぇって言うのかよ!?」

あの、あの頃の卑屈な自分に何をしてやれたろうか。皮肉なことにわからない。
今抱きすがり乱れる少年こそが、自分に日常と非日常を分け与えた子供だとして、その彼に、
「天化……」
「いっ、きそ…さ…もうッ…」
リミットが、
「ほら…イッていいぜ」
「……っきたくねぇ!!──」
あるのだとして──。

「いきたくねぇさ、いやさ、逝きたくねぇさ!ね、ぁ、王サマっ……いや、いきたっ……」

──いきたくない、と。

瞬間的に沸き立つように溢れ出た言葉。
本音に涙の粒に、畏怖の念。不器用にまっすぐに腰を振りながら固執する性と生があるとして、命ある少年こそが発の良心だったろう。

「逝くなよ!」

いつしか、快感と気付けぬままのまだ見ぬ恐怖に涙を散らす頬を、精に染まった諸手で挟んで口付けた。夢中に絡む舌が愛おしくて哀しくて、生きた唾液を分けあった。
「いくな、いいんだ、逝かなくていいんだ、いくな。ここに……」
まっすぐ見据えた目の中に、互いの顔が映る刻。月はそろそろ地平へ帰る時間だろうか。
「なぁ天化。護ってくれんだろ?俺の最期までよ、だから」
ポタリ、頬を伝うは決意の涙か、子供だましと知ってのことか、
「おりゃーしぶとくスケベじじいになってやるつもりだしよ。オメーが護衛やってくんなきゃ周たたねぇもん」
口約束、呪い、愛の。
「だから、だから──逝くなよ、絶対。此処にいろよ天化!」

ついに発の眼前に降り出した五月雨は、頬と唇と鎖骨を叩き、二人は明けた空から逃げるように涙の濁流で抱き合っていた。

乱れに身を任せる強がりな少年の、本音に少しは触れられたのだろうか。珍しく赤々と腫れた目元に口付けて、発は額の髪をすいてやる。

バンダナなんか、不要な世界になればいいと。バンダナの彼が、心穏やかたれる邑が起きればいいのにと。
そいつがすべからく無理な願いだと、それならばただ、今はただ、二人ぼっちで涙に濡れようと。指で睫毛の先に口付けて、眠った天化の髪を再びすいてみる。

「なぁ、……死ぬなよ、天化」

聴こえないだろう祈りにも似た発のエゴは、果たして救いになりうるだろうか。
満たされる幸福に触れながら孤独を知った少年と青年と、明日は笑みが見られることを夢見よう。


end.

本当は、死ぬことに気付かない恐怖があるとして。

2012/05/15

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