異説と君と




ぐるりと見渡した豊邑の地で起こる、不思議な一刻――。

太陽が真上をゆく昼下がり。西岐城の庭木の横を潜った影が、大きく手招きする。

「天化ー!」
こいこい!木の下で見慣れぬ書物を脇に抱えて叫ぶ主は、町人に姿を変えた若き君主その人で、守るべき人で、然るべき場所にいるべきで。街中何処を探しても見付からない筈だ。家屋に潜んでいるとは珍しい。
「なにやってるさ!」
「いーから!面白いモン見っけたんだ!来いよ!」
天化のブーツが芝を踏んで駆けつけたときには、蒼い表紙の書物片手に空を仰いで寝転んでいた。
「王サマ!また逃げ出されたら俺っち」
「いーから!」
逃げられる程度の警備の護衛もどうなんだ――不躾に人を覗き込む逆行の真顔。煙草を加えるあどけない顔と古くさい妙に、噛み殺した笑いは内緒にしよう。
発の目が光る。
「天化、もう一つ違う世界がある――っつったら行ってみたくねぇ?」
「仙界のことかい?王サマはちっと無理…」
「じゃなくて!」
もう一度、発の目が光る。
「なあ、もう一つの違う世界で、もう一人俺がいたらどうよ?」
「……なんか悪いモン食ったさ?」
皮肉めいて呟きながらも、光りを宿し始めた天化の目を見過ごす発ではない。詰まるところ、好奇心に突き動かされる似た者同士。
「ちょっとだけ、そんなに時間取らせねぇよ。今なら」
今は二人。
大きな木。
木漏れ日の恩恵の下で開く、綴じ糸もない見慣れぬ書物。
触れる発の左肩。
並ぶ天化の右肩。

寄せた頭の間に覗く、小さな小さな見慣れぬ書物。

「これ、確か伯邑孝あんちゃんが読み聞かせてくれたんだよなー…一回きりだったけど」
「へえ。」
「今日、急に気になってさ!朝から書庫ひっくり返したらやっと出てきたんだ」
「なら仕事やるさ」
「全然覚えちゃなかったのになー」
「無視かい!」
「天化に見せたかったんだよ。…別に昔は興味もなかったけどー」
言われて悪い気はしない。結局、隣の互いは正直で似た者同士だ。
「それにお前に確かめて貰いてぇトコも」
紙を捲る指先が止まる。
「…楊ゼンさん?楊ゼンさんさ!」
「おう、そこじゃねぇ。」

「――元始天尊様……」



見開かれた隣の道士の目に上がる口角。確信のサイン。

「――やっぱりな。ソコに楊ゼンが出てきたときにも驚いたけどよ、俺じゃーその元始なんたらってジジイの顔は調べつかねーし。生き写し?」

詰まった言葉は図星の証。

「わかりやすいよなぁ、天化って」
「…王サマ」
「物騒な目ぇすんなよ!これが嘘かホントか、真実味ある方が面白いだろ。」
それだけ。そう笑う君主に嘘がないことも知っている。そんな所も似ているからで、結果楽しんでしまいたい高揚や衝動の意欲も同じ。

今と刻を同じくし、多くの事実が酷似する変わった物語。
名の知らぬ者。
見聞きした事実と似て非なる日々。
なのに近い。
あり得るのだろうか。


知る者の名を、姿を、

「…王サマ、さ…?」

見付けるとき。

今、確かに隣にいる君主の顔と名。地位。

「どうよ?」
「…っちゃくちゃカッコイイさ!」
「お、…」
抱えた蒼い書物ごと跳び跳ねる姿が、
「おう、そーか!」
あまりに突拍子なくて面白い程拍子抜けした。

「凄いさ王サマ!いつもサボってばっかでろくに働かない王サマが!」
「おい」
「自分で釣りする王サマ見たことないさ!」
「普段するなっつー癖に」
「すげぇ…挙兵…」
「オイ!天化!!」
「……あ」

すっかり夢中になった書物の中の王サマ。
見知った人、見知った名。
見知った武王が、兵を挙げ禁城へ立つ瞬間。鳴り止まぬ拍手と完成に、

初めて見る、周の旗。

「そりゃーそのホンみたいにトントン拍子でいきゃいいけどな」
急に膨れて欠伸に歪む、見知った人。隣には己。
「なぁ天化」
「ん?」
「どっちがいいと思う?」
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