――……ン、

――…シャン…

漣のようなその音は、懐かしいあの日の異国の音。

シャン、シャン、シャン。

いいこにしてたらサンタがくるよ。
わくわく膨らむ小さな胸に、そわそわキョロキョロ、素直な瞳。

本当にきてくれる?
どんな人がくるんだろう。

待ちきれない寝台の上。
絶対起きてて待ち伏せるんだ。サンタさんとお話するんだ遊ぶんだ!

待ちくたびれて夢の中。
深い深い夢の中。
枕元には、赤い服の大きな体。
お髭は白くなかったけどね。

「あんちゃんあんちゃん!」
「おはよう、発。よく眠れたかい?」
「ほら!」
元気に走りよる足はおはようを忘れてた。だってだって!
差し出した発の小さな両手に、きらきら光る銀の鈴。丸い陶器に銀色に、赤い模様に編み飾り。
「すげーの!ホントにきたよ!」
「良かったね。発がおりこうにしていたから」
跳び跳ねる髪を撫でられて、途端にピシッと伸びた幼い背筋に笑みが溢れた。
「…おはようございます!」
あわてんぼうの発。
挨拶と綻ぶ笑顔。ペコリ。風が生まれるくらいに早く、真っ二つに折った小さな体。
「おお、おはよう、伯邑孝、発。今日は冷えるな」
背中に降っただいすきな声。きっと痺れるように寒い今日も、執務室か書庫にいたのだろう。大きな手は、赤くかじかんでいた。
「おはようございます父上!」
元気よく振り向いてもう一度真っ二つに折った小さな体に、父と長男が目を見合わせた。

だって珍しい。"父上"なんて。

「ん?」
きょとん。
素直で微笑ましくて愛らしくて、こみあげる笑み。二人の大人の目に瞬く小さなつり目が丸くなる。
「なんだよーあんちゃんばっか!」
ぷっくり頬を膨らます可愛いこの子が、大人になったら怒るのだろうか。照れるのだろうか。
忘れるのだろうか。
赤い服の父上を。


「落としてったのかなァ」
唐突なその声に、大人二人の目が開く。
「ん?」
「鈴!トナカイがさ、鈴!コレ!」

シャン、シャン。

つまみ上げた小さな手に、雅に揺れる幼い鈴の音。

「どうしてだい?発に届けにきたんだよ」
少し困った兄の声。
「だって俺鈴が欲しいって言ってねぇもん!」
「発、それは」
「届けてやんなきゃ!トナカイ困ってるかもしんないだろ!迷子んなるじゃん!」
咎めかけて、込み上げる驚きと笑いと、あたたかい今。
「なんだよーあんちゃん笑ってばっかー!」
また頬を膨らませるその子には、イタズラも言の葉も。なにからなにまで毎日驚かされ通しで、
「――…そうだな。いつか届けてあげなさい。」
にっこり笑っただいすきな父のかじかんだ手が、跳ねっぱなしの黒髪を撫でた。

「おう!」

自信満々胸を張る子が、いつか大人になる日まで。
どうか平和でありますように――。



絶対くるんだ。
だって言ってた。
世界中のこどもたちに、勇気と平和を届けるサンタさん。
仲良しのトナカイと一緒に、世界中を旅してるんだ。

冬しか会えないすごい人。

待ち伏せてつかまえて、一緒に行くんだ!
空の上から、いろんな世界を見てみたい。

キラキラ丸い大きな目。
ドキドキわくわく、落ち着きのない寝台の上。

絶対ぜったいつかまえる!

ぱっちり開いたふたつの目。
お月さまを見ているうちに、十数えたらくっついた。
深い深い夢の中。
枕元には、赤い服の大きな体。
ボサボサ髪に、帽子は似合わないけどね。


「ひゃーぁ!すっげぇさ!」
バタバタ走る小さな足に、両手に抱えた少し長い木の剣。
「オヤジーすっげぇさぁ!」
弾む息が白くまぁるく。朝から元気な叫び声は、まっすぐ走って厚い父の胸へ飛び込んだ。
「きた!ほんとだったさ、ほら!」
ふんっ!
弾む胸。誇らし気に構えて見せたた小さな体。
「おお!すげぇじゃねぇか!良かったなぁ天化!」
だいすきな"オヤジ"が、口いっぱい顔いっぱい。はみ出すように笑っていた。
つられて笑うくしゃくしゃな顔。
跳ね回った黒髪を、もっとぐしゃぐしゃ混ぜるてのひら。豆だらけで誰より強いオヤジの手。
「…でも俺っちもオヤジとおんなじのがよかったさ」
重く長い大人の剣に、軽くて細い木の剣。いつも見ている父のそれとは違うから。
ぶすくれる頬はまだまだ子供。
「コラ、贅沢言うモンじゃねぇぞ」
「ぜーたくじゃないさ!」
まっすぐ睨む大きな目は、ずっと遠くの夢を見て。
「――じゃあもっと強くなって大きくなってお願いしなきゃなぁ!」
「絶対強くなるさ!見せてやるさ、びっくりさせっから!」
抱き上げた小さな体は、同じ年頃の子供より少しだけ固くて重かった。
キラキラ光る、幼い目。
「そしたら俺っちサンタさんつかまえるさ!そんでいっぱい旅するんだ!」
「そーかそーか!」
このまっすぐな幼子が、いつか知ったらどうするだろう。
嘲笑うのだろうか。疑ったりするのだろうか。
今のまま、変わらず走っているのだろうか。

「俺っち大人んなったらトナカイになるさぁ!」
大きな大きな見果てぬ夢に、うち震えている小さな体。唐突な断定の言の葉に、抱き上げた目が丸くなる。

「一番早く前で走ってさ、ソリ引いてさ、それってサンタより強いっしょ?」

得意気な目に込み上げる、驚きと期待と愛らしさ。
「ははは!そりゃ気付かなかった!」
「俺っちいっぱい稽古して強くなるかんね!」
抱き締めて潰すと喜ぶこの小さな子。

「あなた、天化。朝食の前に顔を洗って下さいね。」
「お、わりぃわりぃ!」
「俺っちイチバン!」
微笑んだ母の声に、駆け出した大人と子供。漂う朝食の甘い香りに、溢れただいすきなあたたかい今。

まっすぐ前を走る子が、いつか大人になる日まで。
どうか平和でありますように――。


高く高く頭のてっぺんに、月が微笑む底冷えの今宵。
「――で、あれ。今思えば隣の家の犬の毛だったさー」
頑なな冬。風の中で煙草が笑う。
「枕元にそれと一緒に茶色の毛の束いっぱい落ちてたからさ、トナカイだと思って喜んだんだけど。」
乱暴なようでシャレたオヤジの小さな気遣いに、笑い合う大人が二人。
小一時間ハイペースで酌み交わした杯は、頬に桃と苺の名残を残して、月と並んで空を見た。

寒い寒い星の夜。

「お前って昔っからそうなんだなー」
「別に今は信じちゃねぇさ。…んー、天祥になに渡すか決まんねぇ」
「お前がやればなんでも喜ぶんじゃねぇの?」
「俺っちからじゃ意味ないさ」
「ああ、まぁサンタって"絶対"だもんなーぁ」
きっと少しだけ、あの頃の大人の気持ちがわかる今。
「子供って妙なトコで直感鋭いしな。」
「うん、天祥もそーゆートコあるさね。」
もっともらしく言って腕組みした隣の丸い目。
「……お前に言ったんだけど」
「へ?」
「いやー別にー」
噛み殺したため息と込み上げる笑い声が、煙草の近くで白く白く立ち昇る。

「天化ってトナカイっぽい。赤鼻の。」
答える前にかじかんだ鼻の頭にキスをした。
ほろ酔い顔の抗議の前に、
「ん、コレやるよ」
「なんさコレ?」
目の前に突きつけた小さな小さなあの日の音。
「鈴。そんだけ。」
「…へぇー。」
随分くたびれた丸い銀。
受け取ったそれを目より高く持ち上げて、まじまじ見つめる大人の目は、きっとなにも変わっていない。
「なんでさ?」
擦り切れそうな紐をつまんで振れば、凛として雅やかな赤い音。
懐かしい日々の音。
傾げた首の疑問符は、
「お前いなくて俺まで迷子じゃたまんねぇからよ」
深まるばかりであたたかい。
突拍子のない言の葉も、きっとずっと変わっていない。
「…首輪ってことさ?」
「それってえっちなご要望?」
訝しげな丸い目の先。
かじかんだ赤い鼻。
微かに触れるキスをした。
「ほら、赤鼻。」
自信満々胸を張る。
「王サマはただのあわてんぼうさ」
三歩前に飛び出た体に白いリズム。
煙草の煙が、にっこり笑って振り向いた。
「がっつきすぎさー」
「どの口で言ってんだか」
「ははは!」
笑い合う子供みたいな大人が二人。並んで見上げる星の空。
「ま、……今夜はたっぷり天化ちゃん頂くぜ」
「サボり魔のナマケモノんとこにはサンタこないさー」
「え?俺が貰いに行くんだからよ、こなくて問題ねぇだろ」
「それちょっと違うさ!」
「それとも覗かれたい趣味?」
「んな訳ないさボケ王サマ!!」
それ以上言い出す前に重なった。唇と唇に、込み上げるあたたかい今。
弾む吐息は絡まる吐息。
愛しい愛しいあたたかい今。

「嘘だって。誰にも見せたかねぇや」
「……はーぁ!誰かさんのせいで酔い冷めちまったさ」
「俺にしとけば?」
「悪酔い御免。」
「オールで二日酔い上等だけど。トナカイさーん?」
「……どーでもいいさもう!」

シャン。シャン。
微かに届いたその音は、深い深い夢になる。甘いあまい君になる。

昔むかし、懐かしい日々。
サンタはママにキスをした。

大人になった、しあわせの音。
あわてんぼうのサンタクロースに、誇りの鼻のトナカイに。
恋人はサンタクロース。

シャン。シャン。

その腕の中が、なにより確かな平和でありますように――。

祝福の鐘の音も、きっともうすぐ近くまで。

Merry Christmas!!


end.

発は天化のサンタさん。
2010/12/17
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