一瞬の全部(*)




すっかり野獣に剥かれた俺。一応、これでも王なんだけどな。
「…王サマ」
さっきからそればっか。何回も繰り返すそれが、まんまナントカの一つ覚えで、やっぱ発情期なんじゃねぇの?
豊潤な桃の匂い。狂い咲きの匂いに野獣の匂い。荒い二酸化炭素の溜まる白昼夢。くらくらする、目が回る。
「王サマ、」
座り込んだ俺に跨る姿が、艶かしくて荒々しくて、ガキの顔で、――んっとに読めない。
「だからするなんて言ってねぇ」
「―…なんでさ!?」
心底信じらんねぇモノを見る目が、驚愕と落胆でまるまるでかくなる。その気じゃないなんて言ってねぇよ、もうこうなったら意地しかないだろ。なんでわかんねぇの?
「王サマだってしたいさ?」
せっぱつまったガキの顔、野獣の顔、誘う妖艶な顔。見下ろしながら俺を這いずる指の先。
「だから言ってねぇっての!触られりゃ誰だって不可抗力だろ!」
「嘘さ!俺っち王サマにしか…」

――ん?

――あ?

あ、あ、あ、

「…俺にしか、なに?」
「王サマとしかしたくないさ」
でっかい目が言ってる。目が口ほどになんとやら。わかってたけど、そーゆーヤツなんだってのは。それでも、
「なんでだよ」

どーしても譲れないモノって知ってんだろ、お前がイチバン。

「王サマしか欲しくないさ」

あ、あ、あ、あ、――ごめん、俺、すげーゲンキン。

「カラダだけかよ?」
「あるだけ全部さ!」

あ、

「ふぁッ…」
「…っとに!言うの遅いんだよ!」

縋り付いて縺れる唇に舌に吐息に言葉に心音に、充満する桃の匂いに俺の匂い天化の匂い。歓喜の瞬間。
「…あ、ぁッ、王サマ」
俺の上で反り返って跳ね上がる声。うな垂れて大きく吐く二酸化炭素。擦れる肌に酔う。
「…天化、天化」
ごめん。結局ただのヤケとヤキモチ、それだけだ。
「きは、っつさ、…あッ、はつ、発」
呼ばれた名前。
記号みたいなソイツでも、お前に呼ばれるだけでどんだけデカイ意味になるのか――なぁ、ちゃんと知ってっかよ?
「―てんか」
呼んだら細める目に、ちゃんと今の俺映ってるよな?

「はつ、っきさ、好きさ、はつ」

――わかってら!
うわ言みたいに繰り返すソレは、ナントカの一つ覚えで、俺もお前もそれしか知らない。

あーあ、……俺も十分ガキってこった。

左右に振り乱す黒い髪。その一本一本にお前が宿ってて、梳いたらすくめた首がいいんだ。俺だって。お前しか欲しくねぇよ。
なぁ、それでいいかよ?

「…ンっ、あー…すげーいいさ、ア」
ひっくり返る声。
「きもちい、さ、んはっ…」
頭も腰も手加減なしになりふり構わず振り回す天化が、バカみたいに可愛くてしょーがない。
桃の匂いに天化の声。なんつったっけ、ほら、テンプテーション。使えるんじゃないのか、コイツ。
「天化ッ」
「アッ…」
俺だって止まんねぇよ。
そもそも昨日そーゆー気でいたんだ、喋る時間も勿体無いってくらい、口付けたくて困ってたんだ。仕方ねぇだろ。繋ぎ止めたって繋がらねぇお前なんだから。
「はぁ、…はつ、ん」

充満する二酸化炭素。

どっから振って沸いたんだかわかんないような、突拍子のない白昼夢。
恋とか愛とか、そーゆー甘さも苦味も、どっから現れたんだか奪い合う天化の味。
そんな感じがさ、お前を抱いてる証拠みたいに思っちまうんだ。仕方ねぇだろ。
仕方ねぇだろ、天化なんだ。俺なんだ。

音が止まる。
「にいさまー?」
食料庫のすぐ傍を走る声がしたから。その矛先がここにいるから。
「にいさまー?どこー?」
呼ぶ声に止まる俺。目が合った。――野獣の、

「……っふ」

っとに信じらんねぇ!

目はずっと俺を見たまま。ずっと俺を咥えたまま。真一文字に結んだ口に、堪えながら堪能してるソレ。
あーもう、ほんっと天化だよな。
仕方ねぇか、天化だし。後先考えてねぇ。今の一瞬楽しむことで輝いてる。
そーかそーか、天化だもんな。
おっし、ちょっと我慢しとけよーっと。
口付けで塞いで、俺も楽しむことにした。お望み通り、二人の。
「…ンッ!?」
驚いた顔。望みど通りな癖に。
「……ふ、っく」
ピントのボケた意識飛ばしそうな顔は、いつ見ても焦がれるお前の顔。紅く歪んで涙で滲んで、走り去った足音を合図にまた鳴いた。
「―…はつ、ああ、アッ」
桃の匂いに天化の匂いに、幸せで前が見えない。小さく痙攣し始めた全身が俺を包んで縋る声。
「……てんかッ」
「はつ、は、も…ぁ、俺っちもう」
全部絡めて奪った唇。息も声も快感も、一瞬の天化が全部欲しい。それしか――
「――…ン、ンン、アーッ……」
一瞬の、全部がありゃそれでいい。それだけで。

抱き締めた傷だらけの野生の身体は、可愛い可愛い熟れた天化のそのものだった。


「ふぃ〜…」
「だからさー、すぐ煙草ってどうなんだっつの」
あれだけ乱れた数分後、息整うのも早いってかコイツ。満足気な横顔の唇には、定位置の煙草が収まってた。まーったく、ほんっと瞬間のことしか考えてねぇのな。ん?食料庫で煙草ってのもどうよ?
「……今日、一番よかったさ」
まだ紅の名残の耳と頬。
「そーかそーか、んならもうちょいそれらしくしろ」
「…っやはは!!くすぐったいさ王サマ!」
そーかそーか。もうそっちのモードな。……ある意味わかりやすいけど。くすぐった首をガキみたいな笑顔ですくめて笑った。くそっ、このドングリ目!
「…あ」
「ん?」
「マズイさ!そろそろスース帰ってくっから、ここ――桃危ねぇ!」
「げぇッ…オイ待てこら!」
さっさとそのまま飛び出しそうな腕を掴んだ。
「なんさ!?早く…」
「だから!服!」
「へぇ?」
「そりゃお前は身軽だろうよ!俺の服のこともちょっとは考えろ!」
「あっははははは!王サマ急ぐさー」
「笑うトコじゃねぇっつの!」
いくらお調子者の発ちゃんでもフルオープンのまま出てきゃしねぇ!手繰り寄せた服に袖を通すのを、今度は笑って急かすコイツの顔。ニッカリ白い歯に満足気な煙草。

「あーあ、まさか護衛に犯されるなんて思ってなかったぜー」
「…っ馬…」
だって!ホントだろうそこは紛れもなく!
「あー、挿れてるのは俺だけどな。」
「黙るさあーたッ…」
アレだけヤっといてそこで真っ赤になるのがわかんねぇ。


どっから振って沸いたんだかわかんないような、突拍子のない白昼夢。
引き寄せて口付けたら、今度はいたずらっ子の目で笑う。
その一瞬の、全部がありゃそれでいい。それだけで。

バンダナを結び直した男前な後姿。
……うん、いい桃尻。

なんだ、俺ってすげー幸せモンじゃん。



end.

書きたかったのは淫乱天化ちゃんに自分にヤキモチ発ちゃん。お口に合えば嬉しいんですがえろでもヘイキデスカ?
ご感想いただけると嬉しいで、す…!
ちょっとイエモン聴いてたから予定より濃くなりました、責任天化!
2010/12/12
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