一瞬の全部(*)




あーっと、どーやってこうなったんだっけ。覚えてんのは最後のあの子供みたいな護衛の笑顔だった。




太陽の高い真っ昼間の荒野で、ガキみたいに無邪気なソイツが丸っこい目を転がして言った。
「王サマ、桃食うさー?」
「おう!」
豊邑から続く、敷き詰めた一本道の先頭を走る日々。白い食料庫の天幕の前で、コイツはいつも通りニッカリ白い歯をむいて笑ってたから。俺に盗み食い勧める護衛ってのもどうなんだって話しだけどよ。
きょときょと動く木の実みたいな目に妙な煙草。

意味がわかんねぇ。
えーっと、俺もけっこうこーゆーことには長けてる筈なんだけど。
走り寄った瞬間に木の実みたいなでかい目が変わったんだ。それだけだ。
「…天化」
右腕で掴まれた左の手首が、遊んで舞うみたいにくるっと一回転して唇が重なった。
「…オイ、」
ぐるぐる回る。目の前も口の中も。足元で黒いブーツが煙草を踏んづけた。膨れ上がる煙の匂いに、――なんだこれ?
「ん、王サマ…」
通り抜けた食料庫の帆布の中で、荒削りで官能的な口付けの激励に痺れ上がる背筋。なに?なんだこれ?いや、別にいいけどよ。追いかけてくる大量の桃の匂いに膨れ上がる。
息が、
「王サマ」
詰まる。
「王サマ」
……悪くねぇ。首に縋りつく腕に狂おしい。引き寄せた腰がうねる。
「……はっ」
おう、いいじゃん。
「なんだよ、発情期?」
主観的にはたっぷり三分は絡まった粘膜の間で吐息が震えてる。ピントのボケたガキの笑顔が紅に歪む色。ったく可愛いんだかなんなんだか。いっつも調子狂わせてくれるよな、コイツは。喋る時間も勿体無いってか?
「…そんなんじゃないさ」
「んじゃぁなんだよ」
合わさった額の間で、汗に濡れたバンダナが邪魔する。うん、いいじゃん、そーゆーの。唇が滑って、顎と鼻の傷、瞼、ほどけかけのバンダナ。ああ、緩んでるのに濡れてるからほどけない。吸い込んだ匂いは柔らかくて荒々しい天化の匂いだった。
終点はまた唇だ。俺が通り過ぎる前に天化が追いかけてきたから。
「ちょっち王サマ、足りなかったからさ」
「可愛いこと言うじゃん」
「ふー…ぁ、王サマ…」

昨日の晩誘ったら、ガキの顔でニッカリ笑って「また今度さー」なんて言ったのは何処のドイツだ。思いっきりバイバイって手ぇふっただろが。その今度ってのが今って?
絡め取った舌は天化の味。柔らかくて妖しく震える。きつく吸い上げたら、くたくたのジーンズの左膝が微かに曲がった。
「王サマ」
木の実みたいにでかい目なのは変わらない。どうしてそれが一瞬で豹変するか、だ。
「なんでだよ?」
なんで?当然の疑問だろ。イキナリ真っ昼間に、なんだってこんな場所でこんな白昼夢。それをけしかけた当人が至極わかりかねるってな顔で見上げてる。そりゃーいくらなんでも調子も狂うっつの。
「なんでって…理由ないとしちゃダメかい?」
「そうは言ってねぇ」
紅の顔に荒い息。でかい目を傷と水平に細めて、俺の首筋に顔を埋めて舌が這う。
「王サマ、王サマ」
「なんだよ」
くすぐったさと馬鹿馬鹿しさと、優越感と快感と。――天化っぽいな、なんてな。

問いには答えない。
俺、目の前にいるんだけど。今はソッチに溺れてんの。普段から肌蹴っぱなしの胸と、開けっ放しのジーンズのフロントが押し付けられる。これってどうなんだ?普段から開いてんだぞ?
「はぁ…ぁ、王サマ」
夢中で口付けながらしっかり主張される性。だからさ、俺は目の前にいるんだっつの。
「天化」
耳元で呼んだら面白い程跳ね上がる。べっつに狙ってねーよ。
「やっぱ発情期じゃねぇの、お前」
「王サマ」
見上げる熱っぽいでかい目。相変わらず世話しなく荒々しい胸に腰に、口角から口角まで一往復した赤い舌が泳ぐ。左手が肩に縋り付いたまま、右手で肌蹴させられる俺の服たち。ほう…って、コイツの感嘆はどっから来てんだろうか。
「王サマ、早く…」
「なにが?」
ふと、言ってやったんだ。だってよ――さっきと同じ、いや、それに足して落胆のでかい目。
「なにって…さっきいいって言ったさ!」
「そうは言ってねぇ」
本日二度目のその言葉。
「……いいさ、俺っちがその気にさせるから」
「だからそうじゃねぇって…」
どうしてこう、野生っつーか本能っつーか、その分野でだけ長けてんだろう。
こっちはまだそこまで付いていってない。その気じゃないなんて一言も言ってない。それでもあるだろ、もっと言うこと。
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