宇宙船(2/2)




「発ちゃん?」
「トイレだよ」
そんなことあるかい!…嘘をつく自分じゃないと思っていたのに、なんでこうして屋上に足を運ぼうとしているのか、それがわからない。昨日はわかった気がしたのに。
「…くそッ!」
呟いて見上げた細い階段を、登りかけたそのときで。
「…なんだありゃ」
窓から差し込む光の眩しさに、思わず細めた目の向こう側。四階の窓から見下ろした人気のない校舎の影の自販機の前で、きょろきょろ挙動不審な黒い頭。
どっからどう見ても、ついさっき出て行った黄天化――その人で。
小さい小さい情報を、取りこぼさないように目を凝らす。慣れた手つきでボタンを押す指。落っこちた紙パックをひっつかんで走り去る真っ赤な耳。

その手に抱かれたイチゴオレ。

「はー、そーゆーコトか!」

腹の底から込み上げる笑いを、どーやって堪えたらいいものか。きっと笑った時点であの乱暴な目で睨まれるのはわかっている。それでも

んっとに可愛いヤツ!

思い立ったら即実行。それがモットー。
その類の神経回路には自信アリ。
走り出した脚に待ったナシ。

「お前ら好きなの食え!全部おごり!!」
次の休み時間に王様の机を占拠したピンクとブラウン。転がるどころか溢れかえって、どれだけ食べても果てしない甘い香り。
「ええー?」
「さっきポテチ買って来てくれるって言ったのに!」
「それはあーしーたー!」
大ブーイングの男連中を尻目に、
「やったぁ!アンタ気ぃ利くじゃない!」
「ったりめぇだろ!」

駆け寄ってきたのはカワユイかわゆいプリンちゃん。――こと、 蝉玉。

元気印の赤毛の三つ編みに、弾けるような笑顔と、無遠慮なまでの口達者。
高校外部進学組の中で一際目立つ存在だった。
入学式のすぐ後に、さっさと自分のプリンちゃんに加えようと思った発の心が変わったのは、彼女が自分を"王サマ"だと思っていない一人だから。
……そんな回想も、たまには楽しいかも知れない。でも、

頭に浮かんだ桜の頃映像。

後ろの席から、ジリジリ焼ける視線を感じる。
今やそっちの方がよっぽど楽しいプリンちゃん。
はっきり背に届く視線は、銅線を焼き切るような痛いモノでもなく。殴られそうな恐怖もなく。純粋に、興味の視線。まるで子供の目。

「天化、食う?」
「……ん、もらっとくさ」

右手にピンクとブラウンの固まり。自分たちが生まれる遥か前。飛び立った宇宙船の名前と同じ、三角形の甘い固まり。素直じゃない言い回し。

振り返った右手。
いつも煙草を挟む男の右手が、チョコを掴んだ。

やった、釣れた。
天化が釣れた!天化が食った!

どう形容するか、まだ幼いそのキモチの整理が付かない。ひよこの刷り込みか餌付けか。
目の前の、無骨だった顔が歳より幼い顔に変わる。
顔に走る一文字の傷が、頬と一緒にほんの少し紅潮する。
いつも煙草を咥える唇の端に、自分の渡したチョコの痕。

それだけで、どうしてこんなに舞い上がるのか。
いっそガッツポーズしてやったっていい。その位舞い上がるキモチは、どう名付けたら意味を持つのか。
一瞬の間に走り巡った思考の片隅で、目を伏せた天化がの唇が作った「ありがと」四文字。

「おう、美味い?」
「うまいさ」
「お前なに好き?」
「なんでも」
「甘党?」
「辛過ぎなかったら好きさ」
「あー、カレーパンは?」
「そこまで子供じゃないさ!」

まだキモチに名前が見付からない。それ程上手に喋れない。

はんぶんこにしたカレーパンを頬張る頬は、離したくない。
いい加減でだらしなくて冷やかす軽口も、嫌いじゃない。

やっと手懐けた大型犬みたいで、弟みたいで、悪友で。

この席が、嫌いじゃない退屈じゃない――楽しくて心地好い。

それだけで結構幸せになれてしまったりする心は、確かな二人の始まりの日。


end.
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辛党vs甘党。結局単純な子らです、うちの二人なので(笑)
2010/11/12

photo by Sweety

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