「おっ…はよ!」
声高らかにフライングで教室に駆け込む発を出迎えたのは、無言の天化の横顔。ひらりと右手の指が動いた。いつもは煙草に触れているその指が、今はシャープペンを握っている。煙草を咥える唇は、特記するべきモノも咥えていない。
昨日は結局途中で別れて、他になにを話すもなく日常は続く。真っ暗になった夜の町。そんなもんだろう、元々別の人間だ。
それでも人がひとり教室にいることだけで、こんなに舞い上がるのはどうしてか。
殴られないだけで嬉しいとか、調子のいい軽口が脅迫めいていない普通の挨拶で、それが嬉しいとか。
周りに集まるクラスメイトには程遠いそれが、逆に嬉しいとか。逆って一体なんの逆だ。
「好きなの食えー!」
今日も太っ腹な王様の薄っぺらい鞄。中に入る筈の教科書は全部ロッカーに任せっきりで、相変わらずの激辛キムチのポテチ。今朝買ってきたカレーパン。昼は学食に行くらしい。弁当は見当たらず、本当に法に触れるモノが入っていないのは、逆に健全だ。だから逆って一体なんの逆だ。
「発ちゃーん、コンソメはー?」
「あ?よっしゃ!んじゃ明日買ってくる」
「やった!サンキュー王様」
「えー、塩!」
「リッチコンソメだろ」
「チョコは?チョコ!」
勝手に群がる大群の頂点に立つ王様は、なんともつかない顔で胸を張っている。その姿も、見慣れたけれど。
「…天化、おめーも食う?」
前から差し出された薄切りの真っ赤なポテトチップ。
一枚だけ受け取ろうとした手が、迷ってふらりと教室を出た。
結局それを気に留めるのは、今のところ発だけで、それも相変わらず。
「…なーんだよ、つまんねぇの。」
呟きが他に聞こえないのも相変わらずで、結局ヤツは屋上で吹かしてるんだろう。やっぱり腹が立つのは、何故だろう。