視線の先に灯るもの




 あーもうムリムリ、暑さ全開スよー今日ってば二学期なのに!

 この容赦ない炎天下、太陽の光が突き刺さりすぎて床が焼けそう。黒子っちの頭を追いかけるコート脇のそこは、いかに新設校でも防ぎようがないらしくて……って、ま、言っちゃえばウチの学内でも無理な話なんだから、夏は太陽と仲良く! しか、解決策ないのかも。スタジオすらレフで暑いスからねぇ……マジ堪えるわ。ネクタイイラネっし!

 更にもっと言うと、誠凜のこのコート。火神っちの視線が突き刺さりすぎて、床、抜けそう。焼けそう! ああーもう! ってか抜けるでしょコレ! あ、いや、床じゃなくて今のディフェンスはさぁ火神っち!

「……たーく、バ火神。……そんなんじゃ呼んでやんないスよ〜? "火神っち"って?」

……なーんてね。
 
 珍しく自分から出したロングパスをカットされた辺りから、火神っちの低い沸点は一日中吹き零れ先を見失ってる感じで、
「あ゛──っとに黄瀬! んでオメーがいんだよ!!」
ようやく終わった練習試合。帰っていく対戦相手を見送った誠凜メンバーは、今一度一年生だけが体育館に残っていた。
「え、見てわかんないスか? モップがけ。こー見えてオレ、マメなんで」
「じゃねぇよ!! なんでテメーが」
「助っ人?」
「呼んでねぇ!」
訂ー正! チームを低得点に導いたパスミスだらけのバ火神っちが、モップ両手に体育館に残っていた。


「高得点も導いてるんスけどねぇ、火神っちの場合はぁ、なんてゆか残念すぎ」
「もう黙れ! ……てか、そもそも今日は海常は部活休みじゃなかったのかよ、仕事は」
「やだなぁもう! だからカ・レ・シの晴れ舞台観にきたんじゃないっスかぁ! って、オレのスケジュールより知ってるんだ? え、やばもしかしてストーカー?」

 モップ片手のオレの右隣で一本モップが倒れる音がした。あげ足取るなムカつく、って、だって、だって火神っちには休みだとも観に行くとも一言も言ってない今日っスよ? それが朝の到着と同時にオレを視線で焼き切っちゃってさ、見学ベンチに向かって視線が飛ぶし、悪態つくし、まーぁ床も焼けて当然。相手校も怒って当然! それってさ、なんか……

「大体練習試合だっても言ってねぇよ! どっから沸いた!」
「はいはーい黒子っちに聞きましたー!そっちこそ、」

まるで、オレがくるってわかってたみたいだった──。

転がったオレ側の左のモップ拾いを諦めたらしい火神っちの手が、とうとうぐしゃぐしゃに自分の髪をかき混ぜて、一緒に顔もくしゃくしゃ丸めて、
「──……たりめーだろ。何回前科あんだよ」
「ひど!前科って酷っ!」

 振り返る後ろ頭。一センチだけ高い耳が真っ赤に染まる。
 ツートーンのツンツンが汗でぴったり寄り添ってるから、こーゆーときの火神っちは、十分歳より幼く見えるよなぁ、なんて。
「…………で?」
「"我慢出来なーい!" って、顔するんスもん、火神っち。そんなにオレ、気になるっスか?」
「──た、」
「ねぇ大我……、オレも」

 モップがもう一本、派手に転がった音がして、オレの世界が塞がれた。耳も指先も、唇も。

「……ふ、」
 オレの手元からすり抜けた熱いモップも、床の上で火神っちのバッシュを叩きのめしてる。キュッと鋭く床の妬ける声。ゴムの燃える臭いはどこか情事のそれに似て、蝉の声に日が傾いたってわかった。
「んな、平静に我慢出来るほど大人じゃねぇよ――知ってんだろ」
「……ん、まね」
 大人になるにはまだ早くて。一人でいるには時間が長い。
 こーゆーとき、火神っちの手は少し震える癖がある。うん。
「火神っち」
ゴールへし折るダンクキメてもびくともしない癖に、
「……ったく! 目について仕方ねぇぜ黄色頭!」
「んー……、じゃ」
オレからのキスのお返しにまた震える。あーもう、
「しよ」
もう。今度こそ全身真っ赤に染まる唇が、オレの耳に触れていた。
「ね、やろ?」
腕の力が強くなるのはいつからだったっけ。腹と腹が触れる程近く、同じ涙と汗の粒を半分に分ける前髪はくっついて、落ちた水滴が靴紐の硬結びに染み込んだ。

 ドキドキの、

「──……オレだってもう我慢出来ないっスよ…」

 扇情の、

「……丸一日待たされたんスからね」

 胸の音が床を叩いて、それが胸を叩く瞬間が好きで。

「……黄瀬、黄瀬っ……!」
「ね、1on1」
「――あ゛?」
「もう、ホント!! めーっちゃくちゃ妬けたっスよ! オレ、今日ボールも火神っちもお預け喰らいっぱなしで! このままじゃ絶対引き下がれないっス!」

 その熱い掌で首の後ろひっぱたかれたのは一秒後。
 ため息はまた一秒後。二人で走り出したのもそのまた一秒後。
「あ゙ぁコラ黄瀬! ボールが先ってどーゆー了見だテメェ!!」
「あは、バレたスか?」
いやぁバスケバカには仕方ないっしょ? あの時の火神っちは、誰より何より、オレに火を灯しちまうんスから。

 張り付く汗の匂いが煽るんスもん。
 二人だけのシューズの音も、広げた両腕に抱いても余る下心も、アンタのバスケが煽るんス。

 大人になるにはまだ早くて、強くなりたいその先に、アンタのバスケが欲しいんっスよ。規格外にデカいその手が掴むのは、ボールとゴールとオレがいい。栄光は分けてやらないし。

 響くシューズの音に煽られて、その日のオレたちは、一晩中止まらなかった。

 ダンクブチ込む手に微睡んでやるのは、ベッドの中だけっスよ──大我……なーーぁんて、いつか言ってやるから、それまで火が消えないようにね、"火神っち"。

 手加減はしない。――覚悟するっスよ!


end.
2012/08/24 Pixivにて
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