いつ気付いたって実は本当に何も知らなくて、うすうす、とか何となく、とか女がよく言う「勘」とか、そんなものには無縁で、俺が女房の不倫を知ったのは家の玄関を開けた時でした。
パパはヒーローか否か
珍しく仕事が早く片付いて、「残業続きだったんだから今日くらい帰れ」と主任に促され、女房とミノルが好きなシュークリームを手土産にして一戸建てマイホームの玄関を開けてみれば、女房と知らない男が密着してキスをしていた。
「は……?」
「あら、帰りが早いじゃない」
目の前の惨状が信じられなくて何も出来ないし何も言えない。平然とした態度の女房が、彼女の隣に立つ背の高い若い男に指先を向けて、
「彼、私の不倫相手」
と紹介したのだから、もう何が正しいのか、地球が逆転してしまったんだと思った。
それからは修羅場。とりあえず知り合いの弁護士を呼んで離婚を進め、俺の金を使って男に貢いでいたらしいので慰謝料も貰った。その間に綺麗さっぱり無くなった女房への愛情は、幼い一人息子であるミノルに向けられ、そうして迎えた日曜朝、彼の好きな特撮を二人で見ながら俺はミノルに語りかけた。
「なあミノル、パパとママな、離婚するんだ」
「うん、知ってるよ」
「ミノルに寂しい思いをさせるけれど、パパとママはもう一緒に暮らせないんだ」
「わかってるよ」
ミノルは知らぬ間に大人びたようだ。もう少し子どもらしい反応するかと思ったが、彼は彼なりに考えることがあったのか。そういえば女房は堂々とあの男を家に連れ込んでいたから、ミノルも少しくらい事情はわかるのかもしれない。
「ママは秀くんと結婚するんでしょ」
秀くん。あの男、そんな名前だったのか。
「ミノルはどうしてパパに言ってくれなかったの?」
「えーだってママが秘密って」
あの女。こんないたいけな幼い子どもを利用して、汚い片棒を担がせていたんだな。
もう少しの情も残っていない。俺はミノルの小さな肩を抱きながら、
「もういいんだよ。これからはパパがミノルと一緒にいてあげるからね」
父子家庭となるには、たくさんの困難もあるかと思うが、そんなことよりこの愛すべき存在を守りたい。そんな気持ちで彼の顔を眺めた。
「僕はママと暮らすんだよ」
「え?」
「だって秀くん、若くてカッコいいしレッドに似てるもん」
まさかの展開。俺の手元に残るのは自分が稼いだ金だけ?
何故だか霞むテレビ画面ではショッカーがなぎ倒されて、「キーッ」という悲痛な叫びが耳に届いた。