海に誘おうとしたら、あっさりフラれた。
「海は長谷先輩が女の子をオとす定番スポットだってお兄ちゃんが言ってました」

 ……あのシスコン野郎。

スペシャル・コード


 バイト終わり、吉岡の部屋に乗り込んだ。美加ちゃんは今から友達と野球のナイトゲームを観に行くと言っていたから、気を遣う必要もない。なので「吉岡辰彦オオオ」と叫べば、ベッドから上半身だけ起き上がる吉岡の寝惚け顔と対面した。
「え、ナンだよ?」
「お前お前お前ダチを裏切るとはいい根性してんじゃねえか」
「何の話?」
「美加ちゃんに要らんこと吹き込んだだろーが」
「何の話?」
「俺がいっつも海で女オとすってこと!」
「あア……」

 あア……、じゃねェよこん畜生。吉岡美加ちゃんは今世紀最大、かつてないほどの俺のタイプである。本当に、結構マジで、笑えないくらい、好きになっている自分がここにいる。こんなに誰かを真面目に好きになったことがないって断言出来る俺がここにいる。四六時中、寝ても覚めても美加ちゃんのことで頭がいっぱいで、何も手につかない。彼女と話しただけで、俺の心臓は舞い上がってビート打ちまくりで、正直苦しい。つーかそうじゃなきゃ、誰がダチの妹になんか手を出すかって言うんだ。それほどに仕方ない。それほどに彼女が好きだ。

「なのに、この、シスコン馬鹿寝坊助兄貴のせいで……!」
 もはや吉岡(兄)に対する悔しさではない、純粋な悲しみで涙が溢れそうだ。今頃、愛しい愛しい美加ちゃんは俺のお決まりの台詞のせいで、俺のことを超絶稀に見る遊び人だと再確認し、自分にもカルい気持ちで手を出してきた最低な男だと思っているんだ。

「そんな俺の行き着く先は、ただのバイトの先輩兼兄貴のダチという、鬱陶しいだけの存在のみ……!」
 これにて俺の人生に一度の大恋愛はジ・エンド。将来、家事の出来るそこそこな女とお見合い結婚ルートが待っているのだ。美加ちゃんの美しい花嫁姿を見ることも出来ずに……。

「あのさァ、よっく考えてみろ。なんで俺が美加にそんな話、お前の恋愛話なんかすることになったのかをよ」
 突然、俺の負のオーラを断ち切るようにそう言った吉岡はそのあと大きすぎるあくびをひとつ。きょとんとする俺は、「それは……だから、お前が可愛い可愛い可愛い妹を俺にやりたくないからじゃないの?」
「誰があんな妹」
「あんな妹ォ!?」
 この世で一番幸せな兄として不適切過ぎる発言を聞き、俺は吉岡の伸びきったジャージに掴みかかろうとすると、「だから」と呆れた声と死角から出てきた裸足に頭を蹴りつけられて失敗。ううう、とべそをかいて吉岡を見上げると、ばーか、と悪態をつかれた。

「お前、美加を誘うのも、特別なんかじゃなくて今までと同じ、海でオとしてきた歴代の女と同じ、そんな気持ちなのか」

 目から鱗イコール吉岡の言葉。
 まさに一瞬で、先刻まで寝ていたのは、吉岡ではなく俺だと気付かされた気がした。


 そして次の日、また同じように、俺は美加ちゃんを引き止める。

「山に行きませんか」

 これが俺なりの特別です。


「(I love you)を訳せ」
to 赤点回避/from 野呂


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