寒さに耐えかねて、箪笥から引っ張り出した手袋。そういえば新しいものを買わないとって思いながら、結局買ってなかったなあと記憶が蘇った。きっと三月で、小春日和の暖かさがそこにはあったからだ。

凍える手袋

 電車を二つ乗り継いで、徒歩三分。高校の門をくぐって、乾いたグラウンドの砂を踏む。寒さに身を縮ませながら、黄色の銀杏の葉がひらひら落ちる下を歩いた。
 奥のグラウンドで、サッカー部がランニングをしている。こんなに寒い朝に、ご苦労なもんだ。

「ミズキ、おはよ」
「おー、おはよ!」

 後ろから声を掛けてきた彼女は、この学校で二年間同じクラスだった。苗字が近いので話す機会も多く、本人はさっぱりして感じがいい。

「ほんっと寒いよね」
「んー、寒い」
「あ、いいな。私も明日から手袋してこよう」
「うん、あったかいよ」

 羨ましがられた手袋を目前でひらひらさせる。右の小指だけが、きん、と凍えた。

「あれ、小指のとこ穴空いてるじゃん」
「うん、破けたの」
「新しいの買おうよ、それ。寒いでしょ」

 彼女は呆れたようにクスクス笑った。私も同様に笑う。

「三月に、そう思ってたんだけどね」

 穴の空いた手袋。小指の先は真っ赤になって、隙間から氷のような風が入り込む。
 早く新しいものを買わないと、これじゃあ意味がない。早くこれを捨てないと、早く。

「でもなかなか、捨てられなくって」
「ん、ああ、可愛いもんね。じゃあ繕えばいいじゃん」
「そうだよね……」

 彼女が放つ正論に頷いたあと、ちらりとグラウンドを眺める。ランニングする部員達の傍ら、厚着をしながら楽しそうに掛け声を出す後ろ姿。
 受験前だっていうのに、こんなに寒い朝に、ご苦労なもんだ。

 春を迎えてから、一言も話していない。彼女の言う通り、繕えば良かった、繕おうとすれば良かったのに私は、空いた穴をそのままにした。

 どちらかが空けたものかわからないその穴を見ないふりも出来ない癖に、染み着いた暖かさを手放せないまま。
 私はまだ手袋を捨てられない。


「小指」
微糖へ





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