眠い。凄い眠い。気分悪い眠い。テスト直前の通学電車の中というのはどうしてこうも気分が悪いのだ。もちろん原因はわかっているけれど、何かに不満を言いたくてたまらない。自分の脳味噌めファック。
天文学的確率の
車内でノートを開くも細かい字が踊るようで気持ち悪い。これはもう寝てしまおうかな、乗り越ししたらもうそれはそれで、と諦め半分・自暴自棄半分になり始めたその時、キュルキュルと電車が速度を落とした。
「ん」
同時刻に目の前に出された物体を反射的に目を瞑って受け止めた。自分の身を守るための角膜反射。
それから手の中に落ちてきたものを見ると、白い見慣れたお菓子の箱。
「フリスク?」
「やるよ」
ハッとして声をした方を見れば顎髭が印象的ないかつい男が、登山用かのようなゴツいリュックを背中に今しがた開いたばかりのドアから電車を降りていった。
めくるめく摩訶不思議な出来事に目はぱちくりとする。
「てか、フリスク食べれないんだけど……」
こんな小さいくせに辛くてスーハーするものを食べなくても目が覚めてしまった。
グンモーニン!
それからというものの。
フリスク男を探して二ヶ月半。まだ姿は一度も見ていない。朝から覚醒して目を見開き乗客ひとりひとり睨み付けても見つからない。
あの日のテストは六十二点で私にすればまあまあで、お礼のひとつぐらいさせて欲しいのに。嫌いなフリスク十個も買ったのに。どうするのさ私コレ、食べられないのに。
「あ」
一度、一瞬、見ただけなんだけど忘れもしない後ろ姿。ねえ、あなたは今日も何処に行くんですか。山ですか。眠ったら死んでしまうようなところですか。ねえ、それなら。
「フリスク!」
急いで知らない駅に降りたって、男の背中のリュックにフリスク十個入りの袋をぶつけた。
高い音がする。
電車の閉まる音がする。
「あ、お前こないだの」
摩訶不思議そうな表情の顎髭面はきょとんとして何だか可愛い。なにそれズルい。
ドキドキするじゃない。
「お返し!」
「こんなに?」
「テスト良かったから」
「あ、そう。今日はテストじゃないの?」
今日は小テストならあるよ馬鹿野郎大人め。言い返す言葉を探しながら目を泳がしていると、でかい男が背を曲げて私の顔を覗き込んだ。
「そのツラなら無いんだな」
「えっ」
「だってあの日ヒデー顔してた」
天文学的確率の、恋?
フリスク男はクスクス笑いながら、手をサッと振って歩いて行ってしまった。えっちょっと待って。
このトキメキどうするの。
初対面がヒデー顔ってどうなの。
もし見知らぬ人にフリスクを貰ってもアヤシイクスリかもしれないので食べては駄目ですよ。
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