時間が目まぐるしく急速に進む。酔ってしまいそうな視界の揺らぎと、嗅ぎ慣れない匂い。気付いたら俺はベッドの上。
トワコさんと二人で。
誘惑、とはまさにこの事だと。引力に引き込まれるようにして、トワコさんを下敷きにベッドに倒れ込んだ。アイスクリーム屋からここまでどうやって来たっけ何を話してたっけつーかシャワー浴びたっけ、あれ、何してんだっけ俺。
「どうしたの」
髪の毛を乱したトワコさんが尋ねた。すごいアングルだな、自分の置かれた状況に心臓が強く鼓動する。年の差を感じる色っぽさ。今すぐその隠れたうなじに噛み付きたい。
「……ちょっと意識トんでました」
「興奮し過ぎて?」
クスクス笑う仕草はまるで花畑の少女なのに、このエロさがたまらない。ああもう、我慢きかない。
「今日くらい茶化さないで」
精一杯の大人びた声色で、俺はトワコさんの耳元で囁いた。そのまま舌先でつつつ、と首筋を辿る。甘い香りがする、甘い味がする気がする。
そんなことを思いながら、耳をそばだててトワコさんの呼吸を聴いていた。リズムが崩れた時は言い様の無い嬉しさがこみ上げる。自分がこんなにも変態だなんて思いもよらなかった。
それは全部トワコさんのせいだって、ねえ、知ってほしい。
「トワコさん」
「ん?」
「好きです」
「ふふ、知ってる」
トワコさん、は?
馬鹿だなあ、とわかりきってることでまた自分を責めた。なんで自分で自分を傷付けるようなキッカケを作ってしまうんだろう。いくら経験積んだって、歳をとったって、ハタチになってトワコさんと同い年になったってこれだけは学習出来ない気がする。
俺は馬鹿だ。
手が舌が息が止まる。
熱が冷えていく。
俺は馬鹿で、コドモだ。
「トワコさんさ、俺とトランペット、どっちが好き」
「あは、何その質問」
暗がりの空間で上から見下ろすトワコさんの唇は、すぐ触れられる距離だけれど、こわい。
一度覚えた感触は、美化されて思い出になっていた。もう、過去になっていた。
「俺とサックス、どっちが好き」
「ね、つまんないよ、ケンジくん」
トワコさんは微笑みながら手を差し伸べてきた。その指先が俺の頬に触れる前に、細い手首を掴んだ。
「茶化さないでって」
意識しなくても、真剣な声が出た。トワコさんの表情が固まるのが、この距離だから良くわかる。
「トワコさん、俺と大恋愛の相手、どっちが好き」
訊いてしまった。俺が馬鹿だから、ガキだから。わかりやすい答えじゃないと理解できない。理解できないものを無条件に愛すなんて、そんなこと出来ない。
「ケンジくん」
達成感でも後悔でもない、ただ真っ白な気持ちでいた俺の名前をトワコさんは呼んだ。
いつもの、何考えてるんだか、ふわふわしたトーンで。
「うざったいよ」
浴びせられたのは、真っ黒な不快感だった。
「…………っ」
準備の無かった俺の体はしなしなと弱ってトワコさんを遠ざけていく。流れに沿うようにトワコさんは俺の体を押し退けて、ベッドから立ち上がって乱れた髪と服を元に戻した。暗くて表情が見えない。
トワコさんが、遠い。
「そんなに知りたいなら教えてあげる、ケンジくん」
細い体のシルエットだけがトワコさんだと、俺に認識させていた。甘ったるい彼女の声は、聞き慣れなくて耳障りが悪い。
「だいっきらいよ」
いたずらに、でも、決してふわふわした言葉ではなかった。
輝いていたもの全てが、トワコさんと俺の間から消えていってしまった。
未完成な愛情
タイトル by さなぎ様
急転直下。
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